○参考人(牧原出君) 牧原と申します。行政学を専攻しており、総務省の自治体戦略二〇四〇構想研究会の座長代理を務めた後、その報告書を受けた第三十二次、三十三次地方制度調査会の委員を務めました。
そうした経験から、本日は、とりわけ第三十三次地方制度調査会の一委員としての関わりの中で個人的な見解を申し述べることにさせていただきたいと思います。
また、この参議院では、二月二十六日の行政監視委員会で地方自治法改正について意見を申し上げました。法律案が国会に提出される前ではありましたが、大変有意義な質疑の時間であったと考えており、本日そこに出席された方もいらっしゃるとは思いますが、繰り返しを恐れずに私なりの見解を申し上げさせていただきます。
まず、最初に申し上げたいことがあります。非平時の問題を議論するに当たりまして、私にとっては、東日本大震災の被災地の大学でごく小さな部局の責任ある地位にいたときの経験が痛烈でした。三月に被災し、四月に新年度が始まるはずの中、私たちは卒業生を会うことなく送り出し、在校生の新年度の受講について手当てをし、さらには入学予定の新入生たちが安心して新年度を迎えられるようにしようとしましたが、それらはかなりの努力を要するものでした。
そして、津波に襲われた地区ほどは深刻ではないはずのその状況で目にしたのは、様々な場で平時では考えられないような驚くほど異様な言動や行動を取る人が多かったことでした。甚大な被災が間近にあり、目前には日常の業務に復帰するには数多くの課題がある中で、様々なやり取り、様々な場での振る舞いでも、平時にはあり得ない出来事に幾つも遭遇しました。それらの多くは合理的な話が通じない性質のものであり、それぞれなりに大変な重みを抱えているのだろうと推察はしましたが、残念ながら復旧復興を遅らせるものと言わざるを得ないものばかりだったと私は当時考えておりました。
長い時間を掛けてそれらを何とか乗り越え、最終的には平時の運営に戻っていきました。つまり、平時の普通が非平時では普通ではなくなるわけです。とりわけ問題発生時、どのように収束するかが全く見通せない中では、後から振り返ると忘れてしまうような多大な不安感が至る所に漂っています。これは新型コロナでも初期段階ではやはりそうだったのではないでしょうか。
つまり、非平時においては、多大な不安感に包まれた国も地方もどのような対応をするかは分からないと私は考えております。国が混乱をすることもあれば地方も混乱をすることがあるという認識を私は取っております。もちろん、私の周囲だけ特別に異様な事態が見られただけかもしれないとあえて申し添えます。
しかし、東日本大震災にせよ、新型コロナにせよ、あれほど多くの被害があったにもかかわらず、最悪の事態を免れる局面が至る所にあったと私は感じております。将来において、あの経験では済まない、より苛烈な状況が起こることは十分想定すべきです。そこでは、あのときに可能だったことが可能ではないことになります。しかも、私たちにとり、これらは全く想定外の巨大な災厄でしたが、それが十年の間に二度も繰り返されています。となれば、想定外の状況に対処するための手だては必要ではないでしょうか。新型コロナがかなりの落ち着きを見せた今こそそこに踏み込むことが重要であり、もう終わったのだから全く平時の発想でよいとするのは、結局はあの経験を生かしていないことになるのではないかと考えております。
今回の地方自治法改正案における補充的な指示権の立法は、やはり今対応しておかないと、将来、あのときに対応しておくべきだったと後悔するような、あるいは、なぜ対応しなかったか検証の対象になるようなものではないかと私は考えております。
さて、本来的に地方制度は、今日も明日も穏やかな平時の日常生活の中で安定的に運用される性質のものです。しかし、歴史を遡れば、太平洋戦争末期に導入された地方制度である地方総監府は、本土決戦に際して、国と連絡が取れなくなった場合に各地方ごとで意思決定を取る仕組みでした。極端な非平時では国との連絡すら途絶するわけですから、国の指示権は行使されることはありません。他方で、さほど深刻ではない災厄に際しては、指示権を行使するまでもなく対応は可能であると思われます。
したがいまして、今回想定されている非平時とは、ここで述べた二つの非平時の間のレベルのものであり、極端ではないがそれなりに深刻な非平時ということになるでしょう。そのような中間レベルの非平時においても冷静な対応が可能であれば、国と地方との間で連絡調整を行いつつ対応することは十分可能だと思われます。
しかし、混乱状況ともなり、合理的な判断をしにくくなるような事態であったとした場合が問題です。国も混乱しているでしょうが、現場が混乱している地方自治体において、それぞれ十二分の努力をしているのはもちろんでしょうが、極めて苦しい状況にあることは疑いがありません。その場合、国会や世論が何かもっと政府はすべきだという声を上げないとも限りません。であるとするならば、法律を超えた、法律に基づかない指示を国が地方に対して出そうとすることを私たちはあらかじめ想定すべきだと思われます。そうした雰囲気の中で指示を出したとすれば、その内容が過剰になることもあり得るでしょう。
今回のような立法がないからといって、国は指示をしないわけではないと私は考えております。であるならば、法律上の要件と手続を厳格に規定し、必要最小限の措置をとるという法規定を設けるべきではないかと私は考えております。合理性を欠いた雰囲気の下で、法律に根拠のない指示を出すことを実質上容認するよりは、法律に基づいて可能な範囲で限定的な指示権を行使した方が合理性を保てると考えるからです。日々の生活が安定した平時から見ますと、今回の地方自治法の規定の異様さが浮き出るように感じるかもしれませんが、先が全く見通せない非平時の異様さの中では、具体的な法規定こそが異様さを消し去り、冷静な判断を呼び込むように考えております。
今回の法規定を見ますと、国が都道府県、市町村に直接指示権を行使する場合だけではなく、都道府県に対して市町村への調整を指示する場合、都道府県から国に応援を要求する場合、また都道府県、市町村から国に職員派遣を要求する場合、それらと併せて国が都道府県、市町村に応援を指示する場合が規定されています。指示権の前段には、地方自治体からの意見表明を受けることが、努力義務ではありますが、規定されています。
これらの多様なメニューがあれば、実際に想定外の状況となった場合、国が指示を出すまでもなく、応援の要求が国に対して行われることが十分想定されます。国と地方がきめ細かくコミュニケーションを行おうとするプロセスの中に、国、地方のそれぞれが権限を新たに持つようになったとも考えられます。国の指示権は、地方自治体に対する強力な関与ですが、これに対して地方自治体の側が法律に基づいて国に強い申入れをする道も開かれているわけです。
地方からの要求と国の指示とが重畳しています。その意味で、指示権とは、地方自治体と国との密接なコミュニケーションとの間で、冗長性、リダンダンシーの関係に立つと理論的には考えられます。相互に足らざるところを補完するものと言えるわけです。この点は、先般、行政監視委員会で参考人として出席した際にも申し上げたところです。
国の関与は強化されたが、地方自治体から国への逆の関与も強められています。今後、想定外の事態が起こったとき、国、都道府県、市町村がそうした権限の編み目を適切にたどりながら、住民の生命と安全を守ることができるようになっていると言えるように考えられます。
なお、今国会で修正があり、国会への事後報告を義務付けることは大変良かったわけで、地方制度調査会でも事後報告は当然必要だと議論もしておりました。また、検証も不可欠だということも強調されており、事後報告に併せて国会ないしは第三者機関での検証を期待したいところです。さらに、法律に沿った措置が起こったということであればこそ、二度とそのような形での一般的な指示権を同じ状況で行使しないよう、事後に個別法に落とし込んだ立法が必要であることも地制調の答申で指摘されています。
法律に規定されていればこそ、国会では具体的な議論が可能となります。事前の国会の承認までは規定していませんが、適宜国会で政府に対して指示権行使をする用意があるかどうかを尋ねることもできるわけですから、規定がない場合に比べて政府の姿勢を具体的に国会でただすことができます。国会の役割は極めて重要になることを申し述べさせていただきます。
このように、指示権のみならず、多様な規定が整備されて、想定外の事態において国と地方自治体とが密接なコミュニケーションを取ることができるようになると思われます。実際に指示権を行使するとしても、地方自治体がその指示に従うためには、事前に指示の細目を国と共有する必要があります。
相当な混乱状況が想定される中で、地方制度調査会では、こうしたコミュニケーションのために何が可能なのかを様々に聞き取りました。特に重要なのは、新型コロナのある時期から、総務省で、都道府県と政令指定都市に出向経験があり地元を熟知した職員を担当者に一つずつ割り振り、一対一の連絡体制をつくったことが有効であったという経験です。担当者はこの仕組みについて、地方公共団体の意思決定過程や現場で生じる課題について、話を聞けば、3D画像的にイメージを描いて共有できる経験、能力があったことが、政府内で伝言ゲームになりがちな現場状況を適切に伝え、現場に対しても必要な情報を出しやすくなったと振り返っています。それは確かだと思われます。
では、今後、想定外の状況でこうした一対一の連絡体制、あるいは3D画像的にイメージを共有できる国と地方の関係をどう構築するかはまだ検討以前の段階であろうと思われます。その意味では、非平時における指示権の行使を含めた国と地方との間の体制づくりは今後の課題です。しかし、想定外の事態はいつ生じるか分からないとすれば、状況は待ったなしですので、法律が成立した暁には、早急にそうした準備を進めていただきたいと切に希望しております。
また、こうしたコミュニケーションの体制構築は、地方自治法における一般的な指示権のみならず、個別法で既に規定された指示権を行使する事態が万一生じた場合、円滑かつ適切な指示を出すことを可能にするとも思われます。今回の法改正を契機に、現状より災厄への対応力を強めるであろうことがここでも期待できます。
地方自治法改正案によって、将来起こる可能性のある想定外の事態に対して国の地方に対する関与は確かに強められていますが、地方自治体が最終的には住民と接する以上、地方の側の自治行政の強化が不可欠です。住民参加が進むこともますます必要になるでしょう。国の権限の強化に加えて地方自治体がより強い自治を担うことで、想定外の事態に対応できる強靱な社会が形成されるのではないでしょうか。分権型社会であり、レジリエントな社会が構築されることこそがあるべき地方自治法の描く国と地方の関係でしょう。
最後になりますが、国の関与の強まりについて、地方制度調査会では相当慎重に議論したとはいえ、これを手放しで賛成すればよいものでは決してないと私は考えております。特に、政府を監視する国会の役割は、一般的指示権の法定化によりますます重要になります。そのため、警戒は怠りなくすることが理にかないます。これまで国会で様々な議論が行われたことは大変重要であり、国会両院の先生方に一委員として深く感謝の意を表して、締めくくりとさせていただきます。
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