○参考人(榛澤祥子君) 赤十字国際委員会、ICRC駐日代表の榛澤と申します。
本日は、このような貴重な機会をいただき、心より感謝申し上げます。
皆さんのお手元にあるこの写真、この写真は、二〇二三年五月十二日にウクライナの東部にあるハルキウの村々で食料と衛生キットを配付した際の写真です。昨年の今、私はウクライナにいました。二〇二二年二月二十四日にロシア・ウクライナ国際的武力紛争が開始してからもうすぐ二年、人々の命、そして尊厳ある生活が戦闘の犠牲となる現実は二年近くたった今でも全く変わっていません。特に厳しい冬の間は人々の生きる力が試されます。
一年前、私は東部の前線に近いクピャンスクという町に支援物資を届けました。このミッションで、ああ、自分がきっと一生忘れないなと思ったことは幾つかあるのですが、前線地域の独特の張り詰めた空気もその一つです。前線地域に残るしかない人々、残ると決めた人々へ支援を届けることは、紛争当事者双方と守秘義務にのっとった直接的な対話を続け、信頼を得ている赤十字であるからこそ実現可能な活動の一つです。
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赤十字国際委員会、ICRCは、まさに戦場で生まれた、有事の際に活動する最も長い歴史を持つ人道支援組織です。今から百六十四年前の一八五九年にイタリア北部でソルフェリーノの戦いを目撃したスイス人実業家アンリ・デュナンが、敵、味方の区別なく苦しむ人を救わなければならないと考え、激戦地での負傷者の救護に自ら携わったことから始まりました。
現在、約百か国で一万七千人ほどのスタッフが活動しています。二〇二四年の予算規模が最も大きい三か国は、ウクライナ、シリア、イエメンとなります。日本では日本赤十字社が皆様によく知られているかと思いますが、日赤とICRCは同じ赤十字ファミリーに属します。日赤は日本における災害や有事の際に活動する組織である一方、ICRCは、スイス・ジュネーブに本部を置く国際組織で、紛争の際に世界中で活動を実施します。
ここで一点強調したいことは、赤十字の強みは、何といっても、国際レベルで活動する私たちICRCとローカルレベルで活動を続ける各国赤十字社、赤新月社の強固な連携にあります。お互いの強みを生かし、喫緊の人道危機に協力して取り組むことで、私たち赤十字は、より多くの人々に真に寄り添った支援を提供することができます。
次のページお願いします。こちらがICRCの使命となります。
まず第一に、ICRCは、公平、中立、独立した人道支援組織で、武力紛争及びその他暴力の伴う事態により犠牲を強いられる人々の生命と尊厳を保護し、必要な援助を提供します。
公平とは、国籍や人種、宗教などの違いによるいかなる差別もなく、助けを必要とする人のニーズに応じて、最も急を要する支援を優先して提供することです。日本の例を見てみると、能登半島地震の対応でも、被災者のニーズを把握するであるとか被災者に寄り添った支援ということが度々言われているかと思います。人々が必要とする支援を届けることが基本であり、自分たちが思い描いたニーズではなく、現場のニーズをきちんと把握して対応することが重要となります。
独立とは、最も必要な場所に援助が届けられるよう、政治、経済、軍事、宗教などの権力や影響力から独立している必要があるということです。紛争当事国から例えばこの町でICRCは支援をしてくださいと言われたとしても、私たちは、まず自分たちでニーズ調査を実施し、赤十字の仲間とともに支援を実施します。
中立、二〇二二年、二〇二三年ほど中立であることの難しさを思い知った年はなかったように思います。中立とは、全ての人の信頼を得て活動するため、一切の政治的、思想的思惑に関与しないということです。こちらについては、後ほどもう少し詳しくお話ししたいと思います。
二点目は、どうしても避けて通れない話、国際人道法です。
昨年十月七日からのイスラエル・ガザ間の戦闘激化に伴い、日本のメディアでも国際人道法がより頻繁に取り上げられるようになりました。国際人道法は、国際的武力紛争又は非国際的武力紛争においてのみ適用される法規で、大きく分けて二つの役割があります。一つ目は、戦闘行為や手段の規制、暴力の使用を紛争の目的を達成するのに必要な量に制限すること。二つ目が、戦闘に参加しない人々、例えば文民であったりとか、それから傷を負って動けない戦闘員などの保護です。国際人道法は、その紛争が合法か否か、例えばロシア・ウクライナ国際的武力紛争が合法であるか否かについて答えを与えるものでありません。
ここから人道支援自体が直面している危機、課題について少しお話しさせていただきたいと、あっ、ちょっとその前に、これらのその国際人道法なんですけれども、これらの多くは日本も加入している一九四九年の四つのジュネーブ条約と二つの追加議定書の中にまとめられています。ジュネーブ諸条約は、国際人道法の中核となるものです。そして、武力紛争におけるICRCの役割や任務はジュネーブ諸条約及び追加議定書に定められています。ICRCは、国際人道法においてその名前と役割が記されている唯一の機関であり、国際人道法の守護者と考えられています。
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ここから人道支援自体が直面している危機、課題について少しお話をさせていただきたいと思います。
一つ目は、紛争の長期化及び都市化です。
私たちICRCが展開している国で活動規模が大きい上位十か国での活動期間を平均すると、四十二年に及びます。これは二〇一九年の数字なので、今ではそれよりも大きい数字になっていることは確実です。その一方で、緊急な対応を必要とする紛争はやむことがありません。紛争の長期化により苦しみが続き、弱い立場に置かれている人々が極めて大きな影響を受けることはもちろん言うまでもありません。
同時に、紛争の長期化は私たち人道支援組織にも様々な影響を及ぼします。その最たるものは、長期化した紛争下において支援活動を行う際、短期的な緊急時支援とそれから中長期的な支援とを並行して走らせる必要が生じる点です。さらに、人口密集地が攻撃されることで、民間人や民間インフラへの被害が深刻となっています。主要なインフラが破壊され、水や電力、教育、医療といったサービスが機能不全に陥ります。また、市街戦が長引くことで、インフラが修復できずに放っておかれ、回復するまでに長い年月を要します。私たちが活動する紛争地では、安全上の理由から開発機関などが撤退する事態が間々あり、その結果、人道支援組織が持続可能な人道上の措置を提供することが求められます。
同時に、忘れ去られる紛争について触れたいと思います。
皆さんのお手元のパワポの下の部分は、ICRCのアフリカ事業局長、パトリック・ユースフのXへの投稿です。世界の関心がメディアの注目を受ける紛争や危機にだけ向けられているときでさえ、世界のほかの地域でも苦しみが続いていることを忘れてはならないと伝えています。
隣の写真は、コンゴ民主共和国で二〇二三年十一月に撮影されたものです。コンゴ民主共和国の北キブ州では、二〇二三年に勃発した武力衝突以降、多くの人々が避難を強いられています。最近、戦闘の激化に伴い、状況が悪化しています。
現在、ICRCが把握しているだけで、世界中に約百二十の武力紛争が起きており、六十以上の国と百以上の非国家武装集団が紛争の当事者となっています。以前はウクライナ、その後はイスラエル、ガザというように、世界中の注目を集める紛争がある一方で、大部分の紛争は、起きたときにはニュースになるものの、その後かなり早い段階で忘れ去られてしまうものです。ただ、ニュースにならないからといって、忘れられてしまうからといって、人々の苦しみがなくなるわけではありません。忘れられている紛争、そして、そこで生きている人々にどうやって光を当てていくのかは、私たち人道支援組織にとって大きな課題となっています。
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二つ目は、複合的な人道危機です。
気候変動が世界全体として取り組まなければならない大きな課題であることは言わずもがなです。紛争下にある国など既に適応力が低下したコミュニティーが、気候変動の原因をつくり出す社会システムから最も遠いところにいるにもかかわらず、その影響を一番受けています。紛争に気候変動が重なることで、食料不足や経済不安、健康被害が拡大することに加えて、必要不可欠な公共サービスへのアクセスが制限されるなど、既にある問題をより悪化させるためです。そうした状況下にありながら、気候変動への適応力が乏しい国ほど対策がなされずに置き去りにされています。
この写真はアフリカのマリで撮影されたものです。男性が水を集めている様子ですが、この村では、紛争と気候変動の複合的な影響を受けている村人を支援するために、ICRCが水場を設置しています。このように、ICRC始め人道支援組織は、コミュニティーに対して気候変動の影響にも耐え得る強いシステムの構築を目指しています。
気候変動だけではありません。感染症や世界的な食料、エネルギー価格の高騰により、既に弱い立場に置かれている人々は更に追い詰められています。
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三つ目は、人道原則、特に中立を真に理解していただくことの難しさです。世界の分断が進み、多国間主義が大きな転換点にある中で、中立がますます理解されづらい理念になっていると考えます。
例えば、A国それからB国が国際的武力紛争の状況にあるとします。で、A国ではICRCが捕虜の訪問を実施できている一方で、B国ではICRCが捕虜の訪問を十分にできていない状況にあります。そこで、A国の当局から、ICRCは声を上げてB国がジュネーブ条約を遵守していないと批判するようにというプレッシャーが掛かるとします。ここで、ICRC、私たちが声を上げてB国を公に批判したらどうなるでしょうか。まず、B国にいる捕虜の人々への私たちしか得ていないアクセスが一切なくなることが容易に考えられます。その結果、苦しむのは捕虜の人々とその家族です。さらに、B国で活動するICRCのスタッフへの査証が下りなくなるようなこともあるかもしれません。
私たちICRCにとっての中立とは、紛争当事者との対話を避け、面倒なことに関与しないといった消極的なものではありません。私たちにとっての中立とは、犠牲者へのアクセスを確保するツール、手段です。中立であるがゆえに、紛争当事者から信頼され、その信頼をベースに支援を必要としている人々へのアクセスを得る、これがICRCが百六十年以上実施してきた中立です。
ウクライナで捕虜収容施設を訪問した際に理解したことは、紛争時に人間性を保つことの難しさ、そして、弱い立場に置かれた人々に人間としての最低限の尊厳を保つための希望を中立であるICRCが届けることができるという事実です。
写真は、家族からウクライナ人の捕虜に宛てられた手紙、これは実際のものです。この手紙がロシアにいるウクライナ人の捕虜に届くのも、私たちが決してぶれずに中立であり続けるからこそです。
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この写真はガザで撮影されたものです。破壊された建物は、以前、パン屋さんでした。
先週末、パレスチナ赤新月社の同僚、ユースフとアフメドが、六歳の女の子、ヒンドちゃんの救出活動中に殺害されたことを知りました。ヒンドちゃんも命を落としました。二週間近く、ヒンドちゃんと彼女の親族、そしてパレスチナ赤新月社の救急隊員の行方が分かりませんでした。今、ガザにはどこにも安全な場所がなく、守られるべき命が守られていません。
実際に国際人道法の違反とみなされるであろう状況は世界中にあります。その一方で、メディアで、国際人道法が守られていないことのみが大きく取り上げられ、戦争にルールを設けること自体に無理があるのではといった声が上がっていることを非常に懸念します。
先ほど収容施設への訪問に触れましたが、ICRCによる捕虜の訪問も、ジュネーブ第三条約を紛争当事者が遵守することにより実現していることです。国際人道法が実際に守られていることを意味します。最前線で人道支援に携わる私たちは、日々の経験を通して、国際人道法がいかに重要な役割を果たしているかを目の当たりにしています。紛争当事者や当事者に影響を与える国が国際人道法のルールを尊重することは、人々の命を救い、苦しみを和らげ、将来的な対話と平和の可能性を維持するために不可欠です。
同時に、私たちは紛争の厳しい現実も知っています。こうした現実について紛争当事者に働きかけること、そして対話や人道外交などを通して遵守を求めることも私たちの責務です。
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以上を踏まえ、日本の果たす役割について、以下三点を提案させていただきたいと思います。
一つ目は、国際人道法と人道原則についての理解の促進です。
まだまだ日本における国際人道法の認知度は高くないというのが現実かと思います。その最大の理由は、日本が長い間平和を享受してきたということではないでしょうか。それは本当にすばらしいことだと思います。ただ、世界が急速に変わりつつある今、戦争にもルールがあることをより多くの議員の皆様、省庁の皆様、そして一般の方々に平時のときから理解していただきたいと考えます。これは、仮に日本を巻き込むような紛争が起きた場合、そうならないことを切に祈りますが、国際法上守られるべき人々の苦しみを軽減するための予防的な意味を持つと考えます。
ICRCは、決して紛争、戦争を肯定しているわけではありません。私たちは誰よりも戦争がもたらす苦しみを知っています。であるからこそ、まずは平和が維持されること、そして、いつかICRCのような組織が存在しない世界になることを熱望します。ただ、戦争が起きたときに、少しでも多くの人たちの命を救い、苦しみを和らげたいという思いが私たちを動かしています。
二つ目は、国際社会の法と秩序を尊重する日本としてのリーダーシップです。
日本が牽引する自由で開かれたインド太平洋でも、法の支配の尊重は中核的な理念と位置付けられています。もちろん、国際人道法も国際法です。日本を含む全ての国がジュネーブ諸条約に加入しています。すなわち、全ての国が、戦争を引き起こす理由がいかなるものであれ、戦闘に参加しない人々への被害を最小限に抑えることは法的義務であると決定しています。分断により多国間主義が妨げられている今こそ、平和が揺らいでいる今こそ、国際人道法を政治的な優先事項に高めるときだと考えます。
国際人道法の遵守に向けた働きかけは、何も私たちICRCだけが実施することではありません。バイ及びマルチの場での国際人道法の遵守に向けたより積極的な働きかけを日本に求めます。
また、日本には、G7、G20、国連安全保障理事会といった各国が集まる重要な場で、人道支援が直面している諸課題について積極的に議論をリードし意見をまとめる役割を果たしてほしいと思います。本年三月には日本が安保理で議長国を務めます。その機会を捉え、人道諸課題に対応していくためのイニシアチブを発揮することに大きく期待しています。
三つ目は、人道支援に対するODAを通じた支援の継続と拡充です。
まず、日本の皆様からのICRCへの御支援に心からの感謝を申し上げます。
令和五年六月九日に閣議決定された開発協力大綱の中で、対国民総所得、GNI比でODAの量を〇・七%とする国際的目標を念頭に置くとしていますが、この実現に向け具体的な検討を進めていただくことを期待します。そして、その際、人道支援が果たしてきた役割、その重要性を踏まえ、最も必要とする人々に迅速かつ確実に支援が行き届くよう意思決定の迅速化を行うと同時に、必要な場合には質の高い柔軟な拠出を取り入れていただきたいと考えます。これはまさに今の開発協力大綱にうたわれていることです。
御支援いただくためには、透明性の確保といったICRCが果たさなければならない義務があること、そして、人道支援に対する国民の皆様の御理解をより促進させる役割を私たちが果たしていく重要性については言うまでもありません。
最後に、次のページお願いします。
人道原則の一つでもあるヒューマニティー、日本語で人間性、人間らしさと言えばよいのでしょうか、私はこれは全ての人間が生まれながらに持っているものだと考えます。例えば、道を歩いていて前を歩いている人が転んだら、駆け寄って助けようと思いませんか。声を掛けようと思いませんか。
つい先日、ICRCのスタッフとして最近までガザに赴任していた日本人の外科医に話を聞く機会がありました。彼はまたガザに戻ることを希望していました。そして、その理由は、自分にスキルがあって、そこに救う人がいるからでした。これが人道主義ではないでしょうか。
人道主義は、人間性から生まれる、苦しんでいる人々を助け、状況を少しでも改善しようとする人間の理念と実践であると考えます。私たちが紛争地で人々の命を救えるよう、人道主義を実践できるよう、皆様の力を貸してください。そして、人道主義の実践・再構築という重要なテーマにおいて、今後、本調査会には、日本、そして世界を牽引していっていただきたいという私どもの願いをお伝えして、終わりにさせていただきたいと思います。
御清聴どうもありがとうございました。
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