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八木秀次 ·麗澤大学経済学部教授

衆議院法務委員会(2025-06-17)での発言

第217回国会 ·第第24号号 ·4,494字
○八木参考人 麗澤大学の八木でございます。  まず、こうして国会で議員立法という手法によって民法や戸籍法の改正が審議されていますが、果たしてここに合理的根拠があるのか、立法手続についてまず疑念があります。  民法や戸籍法のような重要かつ基本的な法律を改正する場合、内閣提出法案とするのがこれまでの慣例となっております。議員立法での民法改正は民法八百六十条の三の新設の一例のみで、成年後見人に、被後見人宛てに届いた郵便物開封の権限を付与するという、いわば付随的な法改正です。  これに対して、今回審議しているような、夫婦の氏、子供の氏をどのように決めていくのかという家族法制の根幹に関わる重要な規定を改正する場合は、法務大臣の下に法制審議会の部会を設置して、専門家の知見も聞きながら、数年かけて慎重に検討して、内閣が責任を持って法案として提出すべきです。今回、例外的に議員立法で改正するというのであれば、それなりの合理的な理由が必要ですが、それが明らかではありません。  また、立憲民主党の法案は民法改正のみで、関連する戸籍法の改正は政府に丸投げしています。立法手続として不整合であると思われます。  さて、夫婦別氏の主張は、元々は、婚姻による改氏に伴う不便、不都合の解消という主張でありました。  昭和六十三年、国立図書館情報大学での、女性教授が職場で婚姻前の氏を通称として名のりたいとし、大学がそれを拒否したことによって生じた裁判は、その後、平成十年に東京高裁で、職場での旧氏使用を認めるということで和解が成立して、解決しました。民法や戸籍法を改正して夫婦別氏を法制化するという話ではありませんでした。民法改正や戸籍法改正へは飛躍があり過ぎると思います。  実際、不便、不都合はほぼ解消されています。昨年六月に出された日本経団連の提言には具体的な不便、不都合が列挙されていましたが、認識不足やデータが古かったことから、誤りが指摘され、改定を余儀なくされました。  今日、全ての国家資格、免許等で旧氏の使用が認められており、マイナンバーカード、運転免許証、住民票、旅券等においても旧氏の併記が可能になっています。更に進めて、これらマイナンバーカード等の公的証明書における旧氏併記を根拠にして旧氏の単独使用、単記を可能にすればよく、そのための法整備をすればよいというだけの話であります。  日本維新の会の法案はその趣旨に沿ったものと思われますが、何も戸籍法を改正して戸籍に旧氏使用の旨を記載する必要はなく、既にマイナンバーカード等に旧氏の記載があるのであれば、それを根拠にすればよい。必要であれば、それを担保する法律を制定すればよいわけです。  戸籍に手をつけるのは、戸籍制度を守る趣旨からも賛成できません。戸籍という国民の身分関係を記載する文書に通称の記載はなじまず、また、戸籍の身分事項に旧氏使用の旨を書き込むのと、配偶者欄に婚姻前の氏を戸籍名として書き込むのと、果たして質的な差はあるのか疑問です。  不便、不都合はほぼ解消され、残るは旅券のICチップとMRZという機械読み取りコードの問題程度になっています。これは、ICAO、国際民間航空機関文書に関わることで、技術的に旧氏の併記は難しいようですが、そうであるなら、外務省は、日本国民が渡航先に出入国する際、当該国の出入国管理当局等から不利益を被らないよう、外国の政府機関等に事情を説明する等、配慮をする必要があります。既に説明文書を発行し、旅券と併せて提示するとしており、トラブルの報告は受けていないとのことです。  こうして不便、不都合が解消されると、次には、旧氏の併記は嫌だとかアイデンティティーが喪失されるなどの問題が言われ始めました。ゴールポストが動かされたということです。  しかし、アイデンティティーはすぐれて内心の問題であり、主観的で千差万別でもあり、例えば、妻のアイデンティティーを主張するのであれば、夫のアイデンティティーもあり、子供のアイデンティティーもあり、家族のアイデンティティーもあるということになります。  その点、平成二十七年十二月の最高裁判決は、婚姻の際に氏の変更を強制されない自由が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとは言えないとし、婚姻前に築いた個人の信用、評価、名誉感情等を婚姻後も維持する利益等は、憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとまでは言えないと述べています。アイデンティティー喪失と称する問題までは完全に救済できないということです。それゆえ、最高裁判決は、不利益は、氏の通称使用が広まることにより一定程度緩和され得るとしたのでありました。  不便、不都合の解消から始まった夫婦別氏の議論でありましたが、これが民法や戸籍法の改正という大きな問題に飛躍したのは、そこに生活上の問題を超えた、ある種のイデオロギーがあったと考えられます。  ある種の思想的傾向を持つ民法学者や弁護士の中には、未完の占領改革の完遂としての民法改正という考えがありました。昭和二十二年の現在の民法や戸籍法は、戦前の家制度を廃止して、夫婦とその間の未婚の子から成る近代的小家族、核家族をその構成単位や編製単位としましたが、それは中途半端で、個人単位にすべきだと考えてきました。  平成八年の法制審案を作成した法制審民法部会長の加藤一郎元東京大学総長は、昭和三十四年に既に夫婦別氏を主張しています。夫婦別氏の主張は、戸籍の個人籍化の主張とも一体のものであり、当時の法制審民法部会の委員は、氏ごとの編製には無理がある、本来ならば、戦後の民法改正時に個人別の戸籍に改正されるべきであったと主張しています。  こういった主張の背景には、縦横のつながりを希薄にしたアトム、原子的存在としての個人を析出すべきとの主張があり、現行の民法、戸籍法の構成単位、編製単位である近代的小家族の中に家制度の残滓を見て、それを拘束システムだと捉えて、解体して、個人として解放しなければならない、これこそが日本の市民革命だとの考えがありました。その際、依拠したのが憲法の個人の尊重や個人の尊厳であり、個人の尊厳に言及した憲法二十四条は家族解体条項であり、家族は解体してしかるべきだとの主張がありました。  こうして家族共同体から解放された個人の氏名の自己決定権として夫婦別氏は主張され、家族解体を志向する思想と一体のものでありました。家族を個人のネットワークの一つであるとしたり、家族解散式を公言する人が夫婦別氏の法制化を主張しておりました。  これらは社会の構成単位を世帯から個人に移行させる主張とも軌を一にしたもので、社会保障や税制などに及ぶいわば国の形を変える発想であり、私は、近代的小家族や世帯を家族法制や社会を構成する基本単位とするのが個々の構成員を保護するためにも適切と考えますが、すなわち、夫婦別氏は、単に氏をどうするのかという小さな問題ではなかったということです。  夫婦別氏はこうした体系的な考えの一部分であり、その導入は他の法制度にも大きく波及するもので、いわば国の形を変えるものと言えます。  平成八年の法制審案はこのイデオロギーを若干丸くしたもので、これは当時の自社さ政権の社会党的な主張が反映されたものと考えてよく、民主党政権時の平成二十二年に準備された案も同様と思われます。  このように、意図して家族解体を図りたいという主張が夫婦別氏の背景にはありますが、意図はせずとも、夫婦別氏は、結果として家族共同体の分解に作用いたします。  選択的であれ、夫婦別氏を導入すれば、別氏夫婦の下では必然的に親子別氏となり、現行は一つの戸籍に一つの氏が存在しますが、一つの戸籍に二つの氏が存在することになり、家族共通の氏を持たない家族が存在することになる。これにより、制度として家族の呼称である氏は廃止され、氏名は、氏、名共に純然たる個人を表すものに変質する。これは全国民に当てはまることで、全国民から家族の呼称としての氏というものが消滅することになる。これは、平成八年の法制審案を起草した当時の法務省参事官小池信行氏が指摘するところであります。これにより、全体として家族意識、帰属意識、共同体意識、一体感を毀損し、希薄化させる効果を持ちます。  この点について、前述の最高裁判決は、夫婦及びその間の未婚の子や養親子が同一の氏を称することにより、社会の構成要素である家族の呼称としての意義がある、家族を構成する個人が、同一の氏を称することにより家族という一定の集団を構成する一員であることを実感することに意義を見出す考え方も理解できると述べています。氏を家族の呼称とした上で、夫婦別氏、親子別氏により、家族の共同体意識、一体感が醸成されるとの認識を示しています。  立憲民主党と国民民主党は、三年前の令和四年六月、日本共産党、れいわ新選組とともに、選択的夫婦別氏を法制化する民法改正法案を提出いたしました。子供の氏は出生時に決めるとして、兄弟姉妹の氏は、父の氏、母の氏という具合にばらばらになることもあるとするもので、さきに述べた近代的小家族を個人に分解するイデオロギーに忠実な内容であると思われますが、今回、その案ではなく、実現方法は異なりますが、兄弟姉妹の氏は統一するとの案を提出しました。平成八年の法制審案をベースにしたとのことです。  両党が考え方を変えた理由の一つとして、兄弟姉妹の家族としての一体感に配慮したことが推測できますが、そうであるならば、夫婦別氏に伴って親子別氏になることへの懸念はなかったのか、どっちつかずの中途半端な案と思われます。  なお、私は、その他の政策では国民民主党に大きく期待するものですけれども、今回、このような法案を提出されたことを大変残念に思います。  親子別氏には、子供の立場から忌避感があることが指摘されています。夫婦別氏を導入した海外の例では、親子別氏となって、誘拐や連れ去りの懸念から、親子証明書の携帯が必要になった国もあるとのことです。  立憲民主党の法案と国民民主党の法案は、共に一年間の経過期間を設け、その間に、既に結婚している全ての夫婦が同氏か別氏かを選択するとしています。その期間での混乱も予想されます。国民民主党の案であれば、戸籍の筆頭者を変更するケースも出てくるでしょうし、連動して、子供の氏の見直しも行われるでしょう。戸籍事務の負担も増えます。連動して、公私の様々な書類の氏名の変更が生じます。社会的なコストも大きいと言えます。  そうであるなら、世論調査でも国民の七割が支持する現行の夫婦同氏、親子同氏、家族同氏を維持しながら、民法や戸籍法の改正ではなく、婚姻前の旧氏を、単独使用も含めて広く社会的に使用できるような法的措置を講ずることの方が合理的であると考えられます。

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