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小池正昭 ·自由民主党・無所属の会

衆議院予算委員会第八分科会(2025-02-27)での発言

第217回国会 ·第第1号号 ·2,282字
○小池分科員 大臣、ありがとうございました。  六千万人への対応ということで、今御答弁いただいたわけなんですが、幾つかありました。関西国際空港の発着容量を増大させて、三空港、伊丹、神戸も合わせて五十万回ということで、非常にここはポテンシャルとして高いものがあるんだろうというふうに思います。福岡空港の例も挙げていただきましたけれども。  そして、首都圏においては、やはり成田の容量拡大という、成田空港の更なる機能強化という事業でございますが、これをしっかり着実に進めていくということ、これは、インバウンドだけではなくて、実は国内の最大の貿易港は、量ではなくて額でいけば、もう圧倒的に成田がこれを誇っている、日本経済の成長を支えるという意味でも非常に重要な取組でありますので、是非よろしくお願いしたいと思います。  二月二十四日には、大臣に成田空港にお越しいただいて、御視察もいただいております。ありがとうございました。  ここで、成田の歴史を若干触れさせていただきたいと思っていますが、戦後から我が国の国際航空需要の伸びがあったわけですけれども、羽田空港に頼っていましたが、昭和三十年代から、やはり国際空港の、羽田の拡張が非常に厳しいという当時の見解、それと騒音問題も当時の大田区を含めてありまして、何とか国では新しい国際空港を、新空港を造らなければいけないということで検討が開始されています。  当時の目指した規模は、約二千三百ヘクタール、そして滑走路五本ということで、様々議論があったわけなんですが、ちょうど今から六十年前は、実は、千葉県の今の成田空港の位置ではなくて、そのちょっと西側にある、現在の富里市と八街市というところ、ここに大規模な空港を造ろうとした。六十年前、内定をさせるんですが、実は、これが大反対で大変な騒動になった。千葉県としても、これは困ったということがありました。  その後、政府としては何としても、世界の潮流からしても、国際空港を整備しなければいけないということに至って、探すわけですけれども、翌年の一九六六年、実は、当時、下総御料牧場というところがありました。また、そこの横に、千葉県の所有する県有地があったわけですね。これを中心として、戦後の開拓で広大に広がっていた農地、この民有地を買収をして造ろうということに一気に転換をしていくわけであります。  これが突如として国において閣議決定されたのが一九六六年の七月四日であります。この決定に対しては、当然、地元は大変な混乱に陥るわけでありますが、当初、純粋な空港反対、建設反対という農家の方々、土地の所有者の方々のそういう思いだったんですけれども、そこから不幸な歴史が徐々に始まっていくわけですが、極左暴力集団が介入をして、本来の純粋な農地を守るという運動から、反体制の、国家に対する反対にどんどんどんどん変わっていく。  実は、この成田市三里塚、私の地元であります。生まれ育った地元であります。そして、私は、その年に、閣議決定の年に生まれました。そういった意味で、この全ての歴史を見てきた身として、今また、機能強化によって新しい成田空港、第二の開港を迎えるという、機能を強化して、実は、倍の空港にしようと。  当時、成田空港は、新東京国際空港として、先ほど申し上げた二千三百ヘクタールから思いっ切り小さくして、半分にまでして、何としても造ろうと。ただ、当初目指した開港の予定よりもどんどんどんどん遅れて、開港したのは、閣議決定から十二年経過した一九七八年五月であります。しかしながら、その形は、滑走路が僅か一本、そして、半分にも満たない空港で、羽田空港から国際線を移管をしたという経緯があります。  こういったいろいろな中で、実は、多くの犠牲が払われた事実があります。中野大臣もこの間は献花していただいたわけでありますが、当時、反対闘争が激しくなったときに、東峰十字路事件という悲惨な事件が発生をしました。これは、後方支援に当たっていただいた神奈川県警の特別機動隊の三名の警察官が、過激派暴力集団に襲われて命を失ったわけであります。  それ以後も、私の地元では本当に大混乱で、子供ながらに恐怖を覚えながら私は育ってきました。その原点、これは何かおかしい、国は決めるんですけれども、この状況は何とか打破しなければいけないと思ったのが、実は、私が政治に入ったきっかけであります。  そういった意味で、国が決めた国家プロジェクトを、途中は国としてなかなか成田が厳しいということで、いろいろな策を講じてもなかなか進まない中で、今や主要な国際線が羽田へ移管しているというような実態もあって、なかなか難しい歴史があったわけですが、実は悔しい思いをしているのが正直なところであります。こうしたいろいろな歴史を踏まえながらも着々と進めてきたわけですが、また新たに、今度は千ヘクタール、もう一度内陸でもしっかりと造っていこうという判断をしていただいて今に至っています。  今お話ししたような話がありますが、この成田空港の更なる機能強化、実は、二〇二九年三月を目途に、新しい滑走路、三千五百メートルの滑走路と、今のB滑走路を三千五百メートルへ延伸する、この主な二つなんですけれども、これが残り期限を考えると約四年ということになりました。そういった意味で、現在までの事業の進捗状況というのが非常に気になってくるところでありますが、現在どのような状況か、お伺いをしたいと思います。

小池正昭 の他の発言

2026-03-10 · 衆議院国土交通委員会
○小池委員 皆様、おはようございます。  この国会から国土交通委員会に所属させていただきます、千葉十区、自民党、小池正昭でございます。どうぞよろしくお願いいたします。  また、…
2026-03-10 · 衆議院国土交通委員会
○小池委員 ありがとうございました。  是非しっかりと加速化を更に進めていただきたいと思います。大変な作業だとは思いますが、よろしくお願いいたします。  空港の本体整備、これは…
2026-03-10 · 衆議院国土交通委員会
○小池委員 ありがとうございました。  鉄道アクセスはこれからというような感じもありますけれども、今、実はもう既に相当な混雑で、非常に、輸送量をこれ以上増加することができない現実…
2026-03-10 · 衆議院国土交通委員会
○小池委員 はい。  ありがとうございました。大臣の強い決意だというふうに受け止めました。  これからいよいよ期限が迫ってまいりますので、国土交通省、また他省庁とも連携して、先…
2026-03-10 · 衆議院国土交通委員会
○小池委員 ありがとうございました。  今、一日も早くということがありましたけれども、滑走路の新増設については、二〇二九年三月の完成を目指して、昨年から本格的な工事が始まりました…
2026-03-10 · 衆議院国土交通委員会
○小池委員 ありがとうございました。大変お忙しいところ、経産省宮本統括調整官、ありがとうございます。  今日、国交委員会ですが、経産省に来ていただいていますが、実は、成田空港の関…
2025-04-23 · 衆議院経済産業委員会
○小池委員 ありがとうございました。  是非、今後に向けて、今御答弁いただきましたけれども、何とぞ力を入れていただきたいというふうに思います。  私、地元、千葉県なんですが、お…
2025-04-23 · 衆議院経済産業委員会
○小池委員 ありがとうございました。  私も、地元、様々な課題を抱えていますが、最大限努力をしてまいりますので、どうか御支援のほど、よろしくお願い申し上げまして、質問を終わります…

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