○川田龍平君 ありがとうございます。大変すごく読みやすい本で、すぐ読めるだろうと思ってお渡ししました。本当にありがとうございます。
私は、この著者の永野三智さん、大臣も覚えていらっしゃると思いますが、松崎さんの隣で、女性の方で、大臣に臆せずはっきり患者の意見を伝えていた方です。
十年以上ですね、十数年以上、もう患者相談の窓口でずっと患者の相談を受けてきた方で、私も、彼女が水俣病の問題に関わる前、元の出身ですけれども、彼女が日本中放浪しているときに出会った方なんですけれども、本当にその方のこの本に書いてあるように、この水俣病を通じて多くの人々と出会い、その言葉に揺れ動いてきた。その揺らぎを日記としてつづってきた。この本に収録された文章の大半はそうやって書かれたものだ。この本は聞き書きの資料集でも、水俣病事件の正史でもない。しかし、こういう形でしか伝えられない水俣病の現実があると感じている。この揺らぎと、日常の中に必ず続いている水俣病が全ての当事者に伝わることを願ってつづったのがこの本だということで、私は是非これ大臣に読んでほしいと思ってお渡ししました。
この本には本当に歴史には残らないようなことが書いてあります。
公的検診では医師につまようじでつつかれ、感じるだろうと聞かれ、分からないと答えたら、これでもこれでもと執拗に突かれる、自宅に帰ってから下肢が赤く腫れ上がり、足指が黒くなり、うみが出たという方もおられます。医療の基本である患者と医師との信頼関係はこの検診のどこにあるのでしょうかとかですね。本当にこの本には、溝口さんがチッソよりも私は熊本県を恨んでおりますとかですね。なぜこの行政をそこまで不信になったのか。そこには、申請したにもかかわらず患者側からの検診拒否が始まったのは、このように一方的な判断条件が作られたからです。判断条件は行政が作ったものであり、検診拒否自体も未処分者の増加も行政の責任と言われても仕方ないでしょう。理不尽な行政のやり方に対抗して被害者の運動が起こり、結果、認定申請者が急増しました。もし行政がチッソではなく被害者の側に立って施策を実施していれば、申請者の急増もなく、検査や認定の遅れもなかったはずですとあります。
最後に、人の話は何年も掛けて何度も何度も聞いていかねばならないと思う。未熟な自分が経験を重ね、違う視点から同じ物事を見られるようになるかもしれないから。そして、相手も同じように同じ物事を違う視点から見るようになっているかもしれないから。私の中での水俣病は尽きることがありません。水俣病患者とは誰か、そして水俣病の終わりとは何かをまた考えていますということで、彼女はずっとここと向き合いながら仕事をしているわけです。
私は、やっぱり、この水俣病の判断基準の在り方、特に平成二十六年の新通知と救済の在り方についてお聞きします。
公害健康被害補償法上の水俣病判断基準について、国が昭和五十二年に発出した「後天性水俣病の判断条件について」は、四肢末端の感覚障害のほか複数の症候があることを要件とするものでした。厳しい判断基準から漏れた被害者による認定訴訟が相次ぎ社会問題化したことを受け、平成七年、九五年ですね、政治的解決によってこの公害健康被害者の補償等に関する法律、いわゆる公健法で水俣病と認定されなかった被害者のうち、四肢末端の感覚障害を有する約一万二千四百人を対象に救済が行われました。
ところが、平成十六年、政治的解決に参加しなかった被害者らが提起していた関西水俣訴訟の最高裁判決において、判断基準から外れる原告について患者認定がなされたことで再びこの認定をめぐる訴訟が増加し、平成二十一年には二度目の政治的救済として議員立法による水俣病被害者特措法が成立し、新たに公健法の枠外の被害者救済が行われました。
さらに、この平成二十五年、溝口訴訟において感覚障害以外の症候の組合せがない場合であっても総合的な検討により水俣病患者と認定される余地のある旨の最高裁判決が出されると、政府はその翌年、平成二十六年三月、症候の組合せがない場合の総合的な検診の在り方を整理した通知を環境保健部長名で発出しています。これがいわゆる新通知と呼ばれています。
当然、これまでの最高裁判決を踏まえ、柔軟な判断ができるようになり、認定患者数も増えるものと期待されていましたが、実際はこの総合的検討の名の下に、むしろ基準が厳格化されました。最高裁判決を素直に解釈すれば、昭和五十二年判断基準は水俣病の患者認定には不十分な基準であるとして否定されたものと解釈できるところを、国は両判決について昭和五十二年判断基準を否定するものではないとの姿勢を崩さない姿勢を示しています。
患者認定をめぐっては今なお争いが続いていますが、昨年九月のノーモア・ミナマタ第二次訴訟大阪地裁判決では、原告百二十八名全員が水俣病患者として認定をされました。今年三月の熊本地裁判決では原告百四十四名のうち二十五名が、今年の四月の新潟地裁判決でも原告四十七名のうち二十六名が患者認定されていて、水俣病特措法がうたうあたう限りの救済が実現できていないということがこれで分かります。
日本弁護士会も、昨年十二月十四日に、水俣病認定審査業務に関する環境省の審査基準の改定並びに不知火海沿岸及び阿賀野川流域の住民を対象とした健康調査を求める意見書に続いて、今月九日に、水俣病問題についての各地での判決を受けて、水俣病被害者の早期かつ全面的な救済を求める会長声明を発表しました。その中で、公健法による水俣病被害者の救済が機能していない実情があると訴えています。
すなわち、平成二十五年四月の最高裁判決によって感覚障害という一症例しかない場合でも認定され得ることが確定したものの、さきに示したとおり、認定患者がほとんど出ておらず、公健法が機能しておらず、その原因が環境省が発した平成二十六年度の過度に厳格な認定基準を求めている新通知に原因があるとしています。
環境大臣にお聞きしますが、国がこの昭和五十二年の判断基準や平成二十六年の新通知をかたくなに変えないとする理由はどこにあるのか、判断基準を変えるに当たり何がネックとなっているのか、さらにはこうした乗り越えるべき課題についてどうしても乗り越えられない部分、限界値があるのであるとするならばどこなのかを環境大臣の見解を伺います。
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質問時間がありませんので、ちょっと順番を変えて質問させていただきます。
PFASリスク評価の議事の記録についてまず伺います。
…
API / MCP 利用
国立国会図書館 国会会議録 API を構造化
REST: /v1/diet/speeches/search?speaker=川田龍平
MCP: search_diet_speeches(speaker="川田龍平")