○橘法制局長 衆議院法制局の橘でございます。
本日は、枝野会長を始め幹事会の先生方の御指示により、選挙困難事態における立法事実についてのこれまでの議論の概要について御報告をさせていただくことになりました。どうかよろしくお願い申し上げます。
まず、本日のテーマの位置づけにつきまして、お手元配付の資料1に基づき御報告をさせていただきます。
本審査会におきましては、令和四年の通常国会以降、国内外の様々な事情を背景として、緊急事態をテーマとする議論が度々行われてまいりました。その過程で、次第に緊急事態における国会機能維持に議論が収れんし、議員任期延長、オンライン国会、臨時会の召集期限、解散権の制限といった問題などが議論されてまいりました。特に、国政選挙の適正実施が困難な事態において、選挙期日を延期し、その間における議員不在を解消するための方策としての議員任期延長の問題が集中的に議論されてきたことは、先生方御承知のとおりです。
他方、そのような議論を経た現在においてもなお、一方では、もはや条文化に入る段階だとの御主張が、他方では、まだまだ議論が煮詰まっていないとの御主張が対峙し、必ずしも共通の認識が醸成されるには至っていないようにも思われます。
このような状態に鑑みて、枝野会長を始め幹事会の先生方におかれましては、まず、各党各会派共に一致できる国会機能維持という共通テーマを設定した上で、ただいま申し上げました議員任期延長のテーマについては、任期延長の是非といった最終的な制度設計のレベルで議論を闘わせるのではなくて、まず、そのような憲法政策、すなわち憲法改正に関する制度設計の前提となる論点を、枝野会長のお言葉をかりるといわば因数分解する形で抽出して、一つ一つについて焦点を絞って議論し、果たして共通認識が得られるのかどうかを詰めていくのが建設的かつ効率的な議論に資するのではないかと考えられた次第です。
すなわち、まず、本日のテーマである、そもそも選挙困難といったような事態は起こり得るのかといった基本的な立法事実の有無に関する問題について議論をし、しかる後に、仮にそのような事態が発生し得るとした場合においても現行憲法に規定されている参議院の緊急集会で対応することはできるのかできないのかといった議論に進み、さらに、もし緊急集会でも対応できない場面があり得るということになった場合に、そのような事態に対応するためにはどのような制度が必要か、合理的かといった制度設計の議論に進んでいく、このような論理的な順番で論点を明確に区分して議論をしていくべきではないかということでございます。
このような観点から、今回は選挙困難事態の立法事実に限って議論をし、次回は参議院の緊急集会の射程に限定して議論をするということが合意されているところです。
以上のことを念頭に、本題の御報告に入ってまいりたいと思います。
A3横長の資料2と、これに関するバックデータを掲載した参考資料、この両方を御覧いただきながら、あくまでも本日のテーマに絞って、そのポイントを御報告させていただきます。
まず、選挙困難事態については、資料2の一、「前提」にございますように、これを肯定する立場からは、次のように定義されております。自然災害や感染症蔓延、武力攻撃、テロ・内乱、その他これらに匹敵する事態といったいわゆる緊急事態において、国政選挙の適正な実施が、一つ、選挙の一体性が害されるほどの広範な地域において、かつ、二つ、七十日を超えて困難であることが明らかであると認められるときとされています。冒頭の自然災害などの緊急事態の例示はその原因を幅広く表現したものですから、法的な要件としては、広範性要件と長期性要件、この二つでもって構成されていると言ってよいかと思います。
これに対して、選挙困難事態の存在について否定的なお立場からの総論的な批判として、特に広範性要件について、どの程度の選挙区において選挙執行不能な場合を指すのか曖昧であるとの御指摘がなされているところです。
その上で、その立法事実の存否といった核心的な論点に入ってまいります。すなわち、広範性要件や長期性要件を満たすような事態は過去に生起したことがあるのか、また、近い将来に発生するといった予測があり得るのかといった論点です。
資料2の二、1の(1)及び(2)を御覧ください。
このような事態を肯定するお立場からは、東日本大震災を例に挙げた上で、そのときは統一地方選挙がその直後に予定されており、多くの地方議員、首長の選挙が延期され、かつ、その任期の延長が特例法で措置されたところであり、もしこのような大震災の直後に国政選挙が予定されていたと仮定すれば、これは、広範な地域で長期間にわたって選挙が実施できない場合、すなわち、先ほど定義した選挙困難事態に該当する典型的な事例であるとの意見が述べられてまいりました。
より具体的には、参考資料を御覧ください。
まず、二ページ及び三ページに掲載した、東日本大震災の際の地方選挙の特例と、実際の選挙期日の一覧表を前提とした上で、すぐ資料をおめくりいただいて恐縮ですが、六ページ及び七ページに、もしこのような大震災が衆議院議員の総選挙あるいは参議院議員の通常選挙の直前に発生したとするならば、どの程度の選挙区でどの程度の期間議員が選出されないことになるのかを試算してみたものです。
二〇二一年の衆議院総選挙に当てはめてみますと、総定数四百六十五人のうち、当初予定の選挙期日に選挙されない議員が六十九名、総議員の約一五%ほど出てしまうこと、それが一月後あるいは二月後と順次選挙が実施されていき、最終的に全国会議員が出そろうのは発災から八か月後、当初の選挙期日からでも七か月後になってしまうことが示されております。
七ページの参議院の場合には、全国比例がございますから、全国全ての投票区で投票が終わらないと、比例区の議員は一人も確定しないということになります。したがって、選出議員六十七名に対して選出されない議員が五十八名と、ほぼ半数近く出てしまうことになります。
さらに、十二ページには、将来の発生予測と被害想定が公表されております南海トラフ地震と首都直下地震について同様の試算をしてみた表を掲載してございますが、衆議院の場合ですと、いずれも総定数の二八・六%とか二三・九%といった議員が影響を受ける、このような数字が出てございます。
これに対して、立法事実に否定的なお立場からは、一つ、同じ数字でも、まず、総定数四百六十五人のうち八五%以上に及ぶ三百九十六人の衆議院議員がちゃんと選出されていること、このことに注目すべきであるという御指摘とともに、二つ、先ほどの六ページの一覧表をもう少し細かく見てまいりますと、実は、地震発生後七十九日後、本来の選挙期日からでいいますと三十五日後の段階、この表では、繰延べ投票2、十二月五日と記した欄ですけれども、この段階で、既に六十九人中の四十四人が選挙され、残りは僅か二十五人にまで減っていること、これらの事実を指摘した上で、東日本大震災は広範性要件を満たすような事態ではなく、選挙執行が可能な地域では粛々と選挙を行うべきとの反論がなされているところです。
さらに、この参考資料の九ページに、一九四五年八月の敗戦から約八か月後の、翌年、一九四六年四月十日の衆議院議員総選挙実施までの年表を掲載してございます。この選挙は、憲法改正案を議論する衆議院議員を選出した、いわゆる制憲議会選挙ともいうべき選挙であり、婦人参政権が認められた中で行われた初めての総選挙でございました。
次の十ページには、この選挙に関する新聞記事、続々と名簿漏れが出たとか、再選挙を求める声もあったとの記事を掲載してございますが、しかし、全国一斉の選挙があの悲惨な敗戦から間もなくの時期に執行可能だったことを示す事例であるとの御主張もなされているところです。
以上を総括すると、それぞれの御主張の背景には異なるものが念頭にあるように思われます。すなわち、肯定説の背景にあるのは、国政選挙は全国可能な限り一斉に行われるべきであるとの選挙の一体性、あるいは全国一律の選挙の要請が、他方、否定説の背景にあるのは、選挙が執行可能な地域では粛々と選挙は行われるべきであるという憲法上の選挙権保障の要請でございます。実際に選挙を経験されている先生方がこの二つの要請についてどのように考えるかが議論の大きなポイントになるように拝察いたします。
次に、一定の地域で選挙の執行が困難となる事態が発生した場合でも、法律レベルでの対応が可能であり、それで十分に合理的な対応策と評価できるのであれば特段の支障は生じないわけですから、法律による対応可能性が問題となってまいります。
これまで本審査会で議論が展開されてきたのは、繰延べ投票による対応の可否とこれに対する評価です。
参考資料の十三ページを御覧願います。
まず、繰延べ投票とは、公選法五十七条に定められている制度で、天災その他避けることのできない事故により投票所において投票を行うことができないときなどにおきまして、投票期日を繰り延べ、選挙が執行できるような状態になってから投票を行うというものです。
この制度のポイントを幾つか挙げれば、一つ、一旦、選挙期日が告示、公示された後に、その定められた選挙期日後に投票を繰り延べるものであること、二つ、繰り延べられるのは、選挙そのものではなく、特定の投票区における投票であること、三つ、その判断は都道府県の選挙管理委員会が行うこと、四つ、繰り延べられた投票は、できるだけ早期に行うべきとはされていますが、法的にはその繰延べできる期限に制限はないこと、このような点が指摘できるかと思います。
参考資料十四ページには、国政選挙において繰延べ投票が実施された二つの事例、いずれも参議院議員の通常選挙の事例ですが、それを掲げております。そのときの選挙戦の様子について、当時の選挙事務執行者の感想も掲載してございますので、御参照いただければ幸いでございます。
このような繰延べ投票について、特に議論されてきた論点を参考資料の十六ページから十七ページに掲げておきましたが、特に、論点2の選挙運動期間が延々と続くことになることや、論点4の選挙期日の公示前に事態が発生した場合には繰延べの対象となる選挙期日がいまだ定まっていないがどうするのかといった論点が、これまで本審査会で何度か指摘されてきたところです。
さて、以上の繰延べ投票の制度について、選挙困難事態の立法事実に否定的なお立場からは、資料2の二、2の(1)にございますように、一つ、繰延べ投票に地域や期間の限定は法律上なく、広範かつ長期の選挙困難なケースにもこの制度で十分に対応できること、二つ、選挙権保障の観点からは、選挙が実施できる地域では選挙期日に原則どおり選挙を行うべきであり、また、そもそも憲法五十六条一項の定める定足数三分の一の議員が選出されれば衆議院は成立し、機能し得ること、三つ、さらに、被災地選出議員が不在となることについても、憲法上、国会議員は全国民の代表であり、どこから選ばれようが被災地の事情も含めて政策判断することが求められていることなどがその理由として主張されてきたところでございます。
これに対して、選挙困難事態の立法事実を肯定するお立場からは、一つ、繰延べ投票は本来、ごく限られた投票所で、かつ、短期間の投票の繰延べを想定した制度であり、延々と選挙運動が延びるようなことなどは被災地感情にも鑑みればとても現実的ではないこと、二つ、また、三分の一の議員がいればよいと考えるのは形式的過ぎるし、全国民の代表とは、全国あまねく地域の実情に通暁した議員が全国民の縮図として選出されるべきとのいわば社会学的な代表の意味も持つことなどに照らすと、被災地選出議員がいないことは問題であること、このような反論がなされてきたところでございます。
なお、選挙困難事態の立法事実に否定的なお立場からは、参考資料十九ページにございますように、災害に強い選挙制度の整備を平時から行っていくべきであるとの御主張がなされております。
これに対して、選挙困難事態の立法事実を肯定するお立場からは、それはそのとおりであり全く否定するものではないが、しかし、それでも想定外の事態は生じ得るのであるといった応答がなされてきたところでございます。
以上、先生方の御議論の前座として、選挙困難事態に関する立法事実について、これまでの本審査会における議論の概要につきまして、事務方として公平、客観的に御報告申し上げたつもりでございます。
御清聴ありがとうございました。(拍手)
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