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重川希志依 ·常葉大学名誉教授

衆議院東日本大震災復興・防災・災害対策に関する特別委員会(2025-05-22)での発言

第217回国会 ·第第10号号 ·4,565字
○重川参考人 おはようございます。  まず、国民を代表する立場の皆様に私たちの研究成果をお話しする機会を与えていただいて、大変ありがたく思っております。よろしくお願いいたします。  私自身は建築の出身です。三十年前に起きた阪神・淡路大震災では、全壊、半壊合わせて四十何万の住宅が大被害を受けました。これだけたくさんの人が住まいを失ったことについて、私たち建築を学ぶ者として、考えるところがたくさんありました。結果、そういう方たちがどうやって生活を立て直していくのか、そして、基礎自治体である市町村を中心に行政としてどういうことができるのか、それをずっと調査研究を続けてきました。その中で、今日は、住まいの再建、暮らしの再建の視点からお話をさせていただきます。  まず、東日本大震災で、実は、予想もしなかったような被災者像を見ることができました。  一ページおめくりください。  前からそうなんですが、応急仮設住宅は二種類あります。災害が起こった後にわっと建てられて、集まって住むタイプと、それから、空いている賃貸物件を借りて、そこにばらばらに入る。東日本大震災では、この借り上げ型、ばらばらに住むタイプの仮設に入られた方の方が多かったです。  当初、私たちは、ばらばらに住んじゃうと、まず、行政から情報が行かないじゃない、ボランティアの支援とかが届きにくい、いろいろ生活再建上課題があるんじゃないかという仮定の下に、そういう方たちを対象に、約六、七年間、詳細な聞き取り調査をしてまいりました。  そんな中で見えてきた一つ目、まず、公助を当てにしない被災者です。  借り上げ仮設住宅に入っている方たちに話を聞く中で、同じようなことを何遍も聞きました。まず、地震が起きた直後、避難所にも仮設住宅にもお世話になるつもりはありませんでした。自腹で買物、自力で移動、その間、不動産屋さんを走り回って、とにかく空いているアパートがあったらすぐ契約をする。それから、何でそういう思いでとお聞きしたら、とにかく地震なんかで自分のこれまでの人生を折り曲げられるのは嫌だった、だから家族全員で前を向いて進むしかなかったというお話でした。  おめくりください。  実は、こういう公助を当てにしない被災者はどれぐらいいたかというと、約四割と推計しています。宮城県で提供した借り上げ仮設住宅は二万六千戸ありますが、そのうちの一万世帯は、賃貸物件が仮設住宅になりますよと厚労省が言う前の段階で、そんなことも知らず、自分でさっさと見つけ、さっさと契約し、さっさと家賃を払っていた人たちが四割に達していました。恐らく、過去の災害でも、そういう人たちは多分これぐらいの割合いたんだろうと思います。  この方たちに特徴的なのは、速い復興のスピードです。全員、津波で家を流されています。自宅の再建、二年以内。そして、自分たちの住宅再建は自分たちで考える。よく、復興計画がまだできていないから決まらないんですという話を聞くんですが、行政の復興計画は全く念頭になく、とにかく自分たちでやった。  ただし、こういった優位な面もあります。まず、住宅ローンを抱えていなかった。東北ですから、親の代からの土地、家屋で、ローンを組んでいない。それから、これが多かったです、地震保険に入っていました。これはたくさんの方から聞きました。大体、最低でも一千万ぐらいはつけていますから、中には、こんなことは許されるはずないんだけれども、なぜか二か所の地震保険に入っていた、だから合わせて二千万もらっちゃったんですよという人もいました。あと、職を失わなかった。これは住宅ローンを組むために必要です。さらに、この際、息子が帰ってきてくれたので二世代ローンが組めた。つまり、大金持ちだったわけでは決してないです。こういった条件が経済的優位性に働きました。  それから、次のページをお願いします。  支援が復興を遅らせるという意見、これもたくさん聞きました。支援が邪魔すると言った方もいました。よく、行政の支援の遅れが被災者の復興の遅れと言われるんだけれども、違うんじゃないかと私は思っているんです。本当だったら、お役所に全部任せていれば楽かもしれない、早いかもしれない。一番それが楽です。  次のページです。  ただ、被災者の周りには、取り巻くいろいろな人があります。それが、せっかく自分たちで考えてやっていこうとしている解決しそうな問題を、また蒸し返してくる。NPOとか、いわゆる専門家と言われる人たち。でも、よくよく見ると、何か後ろに利害関係の影が見え隠れする。  今までの生活はリセットして次だよと気持ちを切り替えなければやはり進んでいかないからねということで、今まで余り被災者の口からこういうことが出ているとは言われてこなかったんですが、公助の充実に対して、ありがたいではなく、むしろ問題提起、逆の面も、マイナスに働く面もあるんだということを聞きました。  このお話にあるように、実は、住まいの再建というのは基本的には自助です。そのための資金調達力として、二重ローンがない、二世代ローンが組める、保険、貯蓄などです。  実は、こういうものを可能にするためには共助が必要です。何の共助かというと、家族縁、親戚縁、職場縁、学校の縁、やはりそういった縁を基に、皆さん、自力だけで頑張っているわけじゃない。  一方、ここに限界のある被災者も必ずいらっしゃいます。具体的には、年齢、資金、障害、それから、いろいろな事情で家族との縁を切らなきゃいけない、社会とのつながりが持てない。特に、高齢者になると、現役でなくなりますから、現役だった頃にはいろいろな縁があった、それが一個ずつ失われていきます。特に高齢者がつらいと言われるのは、助けてくれる縁がどんどん減っていく。  いずれにしても、こういう方たちには公助が非常に重要になってきます。ただし、住まいを探す、仕事を探す、あるいは心と体の健康を維持していく、そういったサポートというのが、実は生活再建に非常に重要だということが分かりました。  次をおめくりください。  そんな中で、被災地の一つである仙台市の被災者生活再建支援の担当の方たちを、私たちは、五年間ずっとそばで黙って見させていただいてきました。  仙台というのは、被災地最多の仮設住宅を抱え、しかも、市外居住者がたくさん入り込んでいます。ただし、仙台に住んでいる限り、この人たちの生活再建をきちんとサポートするという目的で、震災の年の夏から、全戸、幹部職員が訪問調査をして、どこに誰が住んでいるのか、どういう状況なのか、情報収集を行いました。二年後には、いろいろな方たちを使って、全戸訪問を開始しました。  そんな中で集まってきた、被災世帯八千五百の情報が取れていたんですが、まず最初に、どうするかねと考え、まず分類しようということで、スクリーニングをしました。いろいろ試行錯誤があったそうなんですが、最終的に、ここに書いてある四分類、円グラフです。  まず、取りあえず何とか自分たちでいけるね、問題なしの方たちが六割です。一方、住宅再建どころか、そもそも、障害とか生活保護とか、日常生活がしんどいよという人が六・七パー。それから、生活は大丈夫なんだけれども、どこに住むか決まっていないとか、大工さんの手当てがつかない、つまり住まいを再建するということだけが問題、この方たちが三〇・四%。そして、生活もしんどい、ましてや住宅再建もしんどい、両方しんどいという一番大変な人が四・二%でした。  ということで、仙台市は、ここでスクリーニングをかけ、次のページをお願いします、問題なしの方、それと住まい再建だけにネックを持っている人に対しては、三年目に生活再建推進プログラム、四年目に生活再建加速プログラムというものを提供しています。  ちょっとめくっていただいて、二十二こま目の折れ線グラフを御覧いただきたいんですが、二〇一四年、二〇一五年にぐぐっと仮設住宅入居者数が減っています。これがこのプログラムを展開した時期なんです。  中身は何かというと、不動産屋さん、それから土地家屋調査、弁護士さん、それから金融機関でローンを組む、そういった具体的な住まい再建に困っている問題を解決できる人を集めた相談窓口をつくる。唯一私が知っている、お金を払ったのは、仮設住宅から出る引っ越しのために、五万円だったと思います、引っ越し支援金というのを渡していますが、それ以外は全部、そういった困ったことを解決する手当てを提供するという支援に徹しました。  一方、五年後に自力再建できない方たちについては、公的な支援としてターゲットを絞り、官民挙げて支援をしました。ただし、やったのは、被災者、防災の支援ではなく、今ある様々な福祉の施策に適切につなぐということです。  次をおめくりください。  そのために、支援団体、役所だけではないです、ホームレスを支援、自立支援のためのNPOもありました、社会福祉協議会もありました、様々な、官民挙げて、一人一人ケース会議を開きながら、施策につないでいきました。  結局、自助に限界がある被災者というのは非常に、今言ったような公助によって災害前よりいい生活環境を手にした方がたくさんいます。元々生活保護でアパートを借りる契約ができないとか、お母さんも精神障害、娘さんも精神障害、なのに手帳をもらっていない、そういう人もいたんです。そういう方が初めて、仮設住宅に入居したことで、市の方でここにこんな人がいたということが分かり、災害公営住宅に入れました。今まで受けられなかった福祉の支援も受けられるようになり、災害をきっかけに、よりよい生活にスタートを切れたということです。  ということで、最後、行き過ぎた公助と足りない公助と書きました。  最終的には、被災者なんという名札を早く外して普通の市民として新しく生活をする、それが最終目標です。中には、自分で名札を外せる人もたくさんいます。あるいは、自分で名札を外そうと努力をしている人もたくさんいます。そういう人たちに同じように公的な支援は必要ではないと思っています。必要でない人は自分で頑張ってもらう。それから、必要だけれどもちょっとこれがあれば、そういう人には個別にきちっと適切に支援をする。  私は、例えば何百万お金を渡したらそれが進むという例は今まで見たことがないです。そして、インタビューの中で、被災者生活再建支援金という言葉、実は一度も聞きませんでした。こっちから話すと、そういえばそういうものももらいましたとはおっしゃるんですが。  そして、最後です。  ただし、自分で名札を外せない人も必ずいます。そういう人たちが取り残されないように、そういう人たちが災害をきっかけに少しでもいい生活にたどり着けるように、そこにこそやはり公的支援というのは重要なんじゃないかというふうに思っています。  どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)

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