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菅原茂 ·気仙沼市長

参議院予算委員会公聴会(2025-03-13)での発言

第217回国会 ·第第1号号 ·6,552字
○公述人(菅原茂君) 宮城県の気仙沼の市長の菅原茂と申します。  このような機会をいただきまして、大変ありがとうございます。  一昨日、東日本大震災から十四回目の三月十一日を迎えました。これまで全国から、また国会議員の皆さん方から、各省庁から、大変な御支援をいただいてまいりました。心より御礼を申し上げたいと思います。市民は、復興のその先へということで一生懸命、今真摯に向かっているところでありますので、これからも御協力を賜れればというふうに思っております。  今日は、地方創生に絡んで、特に人口減少が著しい本市の方からお話をさせていただければと思っております。  お手元に青い表紙のペーパーをお配りさせていただいております。これは、東日本大震災の結果として随分早く通してもらいました三陸沿岸道の気仙沼湾横断橋の絵であります。大変大きな効果を生んでいる復興事業の一つだと思っております。  ページをめくっていただきまして、人口減少の現状と課題ということで最初お話をしたいと思います。  本市は、御多分に漏れず消滅可能性都市ということで、消滅可能性都市って実際どういうふうになっているんだというのを少しお話をさせていただければと思います。  二ページ目、右下に二と書いてある二ページ目ですが、本市の人口の見通しですが、いわゆる国立社会保障・人口問題研究所、社人研の統計でありますと、二〇二〇年の国調ベースで作られた二〇五〇年までの人口動態予想ということでこのようになっておりますが、現在が二〇二五年ということで五万五千九百十人、震災前の二〇一〇年が七万三千四百八十九という数字でございました。二〇五〇年には三万一千人になると。その中でも特筆すべきは、高齢化率が現在四一%ほどでございますけれども、二〇五〇年には五一%、そして何より高齢者の割合と比べて生産年齢人口が著しく小さくなるということが特徴だと思います。  ページをめくっていただきまして、三ページの自然動態。一九八〇年に生まれた子供は九百五十四人いたというのが左側なんですね。そのときに亡くなった人は四百四十七人だったんですが、昨年、衝撃的ですが、百七十九人しか本市で生まれておりません。一方、亡くなった方が千百二十六人いた。これが消滅可能性都市の実態ということではないかなと思っております。  これが自然動態ですが、次のページの四ページ、社会動態。いわゆる転入転出ということでありますが、ここでもどうしても四百人余りの転出が続いていると。仕事の人について言えば同じぐらいかも分かりませんけれども、入るも出るも。一方で、やっぱり学校に行く、大学がありませんので、大学に行く、勤めに若い人が出るというところの分がこの四百人ぐらいマイナスになってしまうと、そういう数字でございます。  更に衝撃的なのは、自分で言うのも大変どうかと思いますけど、五ページ目です。いわゆる出生数と合計特殊出生率。先ほど、昨年本市において生まれた子供の数が百七十九人と言いましたが、一番右です、棒グラフ、百七十九。そのときの合計特殊出生率は、実は一を切りました。非常に我々にとってもインパクトですね。なかなか市民にお伝えするのも気が引ける状態です。  この中でちょっと見ていただきたいのは、緑色の折れ線グラフの宮城県の推移に比べて本市の推移が、二〇一八年のところで本市が下回ってくるんですね。なぜこういうことが起きるか。これは皮肉なことに、復興したからなんです。復興することによって工場が再開してくる、だけど働き手がいない。そうすると、外国人技能実習生をお願いするしかない。外国人技能実習生は二十代、三十代の女性が圧倒的に多いんですね。この人たちには家族がいません。ですから、その人たちが分母に入ってくる。分母に入ってきて、日本人だけが出産していくとこういう数字になってくるということであります。  実は、そこを補正すると、本市も実は、赤の色の折れ線の本市も緑に、宮城県平均ぐらいには戻るということで、今後日本全体の水準を見ていくのに注意すべきポイントかなと思っております。  次の六ページです。  これは今回の主題の一つだと思うんですが、五年ごとに国勢調査をやりますので、五年ごとの国勢調査で五歳刻みのグループをつくりましたと。左の上、男性ですね、男性だけに限ると、一九九〇年に十から十四歳だった人が三千二百五十二人いました。五年たつと、彼らが十五歳から十九歳になります。そのときに、二千五百七十二人ということで二〇%減りました。町を出ていって、大学とか就職されたんですね。で、もう五年たちましたと。今度、千四百九十一人になおさら減りました、四二%減りました。もっと十八歳で変わるんじゃないかとお思いかも分かりませんが、十八歳では住所を移していないんですね。就職したからこそ初めて住所を移すというのがここに出てきます。その上で、次に二十五歳―二十九歳になります。二〇〇五年にはそういう段階に来るわけですが、男性の場合は一六%ほど戻っています。Uターンをしているんですね。  それに対して下の女性の方を見ていただくと、同じように階段を下りるように人数が減っていくんですが、女性の場合は、男性が一六パー戻るのに対して、四・四パーしか戻らない。つまり、女性が地方では戻ってこないことが最大の問題だということです。  結果、どういうことが起こるかというと、七ページ目ですが、これは、左の表が、左が二〇一〇年、ほんの十三年前、二〇一〇年、男性を百とすれば女性が、済みません、女性を百とすれば男性何人いますかという、太い青色の線のところが結婚の適齢期の人たちですが、大体百対百に近いんです、近かったんです。男女差が人数的には余りない。ところが、二〇二〇年、右側の表になりますと、特に二十五歳から三十四歳までは男性が二割多いんです。ですから、男性が結婚しづらい情勢になってきた。つまり、女性の数そのものが、さっき減ってきているという話しましたが、女性の数そのものが人口の将来を映す鏡になっております。  次のページの八ページですが、生涯未婚率という言葉がありまして、これは四十五歳から四十九歳と五十から五十四歳の未婚率の平均値を五十歳時点の未婚率といって、生涯未婚という言葉を我々じゃなくて国が使っておられます。  その数字が、驚くべきことに、昭和五十五年、私がちょうど社会人になった年ですけれども、男性一・九%、女性三・四%だったのが、現在はというか、令和二年で男性の三割、五十歳時点では未婚ですと。女性が一七%です。これ、もっと数字が上がっているというふうに思っております。このことは国全体として大きな問題だというふうに思います。  続けて九ページですが、これは余り見ている方は少ないと思いますが、実は有配偶出生率、結婚をされているのに子供が、されている人たちの中でどのぐらい子供が生まれますかという数字です。  このことについては本市は大変厳しい状態です。左の下の方に気仙沼市と書いてありますが、結婚しているのに子供の数が少ない、生まれない。なぜかというと、やはり収入に課題があるというところが浮き彫りになってきているし、ただ、二人目、三人目生むために環境が整っていない。それは男性育休の問題だとか家事の分担だとか、そういう問題だと思います。  ここが、よく都会に女性が動いていくと都会は今度女性が多くなってしまうので子供が生まれない原因になるんじゃないかということを言われていますが、そのことはあるかも分かりませんが、実は多分東京都は有配偶出生率は低くないんですよ。それなりに頑張っておられるということだと思っています。  それで、この人口減少の問題について本市としても手を打ちたいということで、十ページ目に書きましたが、市民会議を開きました。市民百人から成る会議を開きました。  十一ページにその概要についてありますけれども、本市は東日本大震災の復興に当たって特別力を入れてきたのは、ハードの復興もそうですが、人材育成です。人材の育成をいまだに、いろんな経営人材、そして町づくり人材をずっとお金を掛けながら育成をしてきています。ということで、本市は、地方創生については人から始まる地方創生、市民が主役の町づくりを標榜しております。  いろんな取組をしていますので、百人の市民を集めるのは意外と本市は簡単です。手を挙げてくれる人がいっぱいいます。また、我々が声掛ける人いっぱいいる。そういう意味で、百人の会議、今回は中学生、高校生も入れて百人をしました。  そこで、人口減少対策市民会議を開きますといって準備会をしますと、二十人ぐらい集めました。若い人も手を挙げて、結婚するとかしないとか、子供が何人欲しいと、もうけるとか、それは個人の意思なので人口減少対策市民会議という言葉は私たちは腑に落ちないということを最初に言われました。まあ、それもそのとおり。  その続けて言ってくれたのが大変有り難いこと。気仙沼に住んでいて、何々したいのに何々できないって、市長、いっぱいあるんじゃないですかと。何々したいのに何々できないということを気仙沼でできるようにすればいいんじゃないんですか、それが結論なんじゃないかと。で、我々が、ああ、それであれば、あなたの言っていることは市民の暮らしやすさ、ウエルビーイングの実現ですねと。人口はいずれにしても減っていくかもしれませんが、そこのところの時点の幸福度というものがやっぱり一番大事だろうというのが我々の人口減少対策の市民会議から出たアウトプットの根幹なんですね。ということで、そのことが私は非常に大事だなと思っています。  下の方の、アウトプットということで五つのテーマで話をしました。雇用創出、就労環境の改善、居住環境の改善、子育て環境の更なる充実、移住、定住の促進ということであります。  次のページに行っていただきまして十二ページですが、最終的にプランにまとめました。昨年の五月三十一日、名前を何と付けたかというと、「こどもと女性の瞳かがやく」。人口減少だから子供が大事だ、そのことは当たり前なんですが、やはり女性が大事だと、女性の瞳が輝かない限りその町は永続しないということだと思っています。「けせんぬまWell―beingプラン二〇二四」ということで、QRコードの方から入っていただきますと、六十何ページのものになっていますので、五つのテーマで七十五の施策を書かせていただきまして、随時実行しております。  その中で、先ほど五つのテーマとお話しした中で、今日は特に就労環境の改善ということで、十三ページ、これが就労環境の改善の施策一覧表なんですね。この中で、特に赤枠にしておりますジェンダーギャップの解消、このことについて先般の国の地方創生の有識者会議でも私の方から報告をさせていただきました。このことに力を入れていこうということです。  そのことを成し遂げるための様々すべはあるのですが、右側の赤枠のところにありますように、両立支援、子育てと仕事、介護と仕事、そのことを成し遂げるための企業の認定制度をつくるという今準備をしているところでございます。  最後になりますが、十四ページにありますように、対応策として、若者、女性にも選ばれる地方に向けてということで、本市においてはジェンダーギャップに特に注目をしたということでございます。男女の賃金格差という一つ一番象徴的なことなんですが、じゃ、どうやってそんなことが起こるのかと。  気仙沼市は、当たり前ですが、あと参議院という職場もそうだと思いますが、男女の差はありません。給与テーブルにじゃんと男と女と書いていない。しかし、結果は起こります。なぜかというと、気仙沼市においては市立病院がありますので、市長より給料の高いお医者さんがいっぱいいて、そのほとんどは男性なんですね。そうすると、女性と男性、二十二歳で同じくスタートするかもしれないけど、女性が一旦、結婚、出産で休んでいるうちに、その後、非正規に回ってしまうということで、結果的に男性の方が平均年齢が高い。あと、会計年度任用職員、いわゆる臨時職員は女性が多い。そんなことで、結果的に。だけど、テーブルが一緒だ、一緒なんだから公平なんじゃない、それでは駄目だというのが今回のポイントだと思うんですね。  そうじゃなくて、結果の公平をつくりましょうと。つまり、女医さんも増やしましょう、結婚しても子供を産んでも会社に、役所に勤め続けられるようにしましょう、会計年度任用職員もなるたけ正規職員に近い待遇をしましょうというのが今回のポイントだというふうに思っております。  そういうことで、気仙沼市のジェンダーギャップ解消プロジェクトというものをつくりまして、商工会議所の会頭、また女性会長がリーダーになって、今それに賛同する会社を増やしているところで、この一年間随分セミナーとかワークショップとかそういうものをやってきたところでございます。  それが十六ページに書かれておりますし、十七ページには、先ほどちょっと触れました企業の認定制度。実は、国には認定制度があります。くるみん、えるぼし、厚労省の認定です。しかし、これは気仙沼の会社にとっては非常にハードルが高い。だから、もう簡単に諦められてしまうので、本市では、その一つ下、何というんですかね、ワンステップ、ファーストステップとして、ウエルビーイングなので今仮称うぇるびんと言っていますが、うぇるびん認証をつくりましょうということで、ハードルが低いものを今つくっている途中です。  そのことによって、企業にとっては奨励金だとか、我々もPRしてあげるとか、あと建設工事の総合評価方式において加点をするとか、そういうようなインセンティブを与えるということでございます。具体的には、下の方に四つの項目、合計十九の施策が、チェックポイントが並べられております。  最後に、地方創生二・〇に向けて期待したいことということでございます。  最後のページになりますが、企業や大学の地方分散や政府機関の移転、これは是非本気でお願いしたいと思います。私どもは前回手を挙げました。ならぬと言われまして、協定を結んだらいいんじゃないですかと、ほとんど意味が違っているんじゃないですかという。今度は本当に移転をしていただきたいというふうに思っております。  もう一つは、給料の問題が一番大きいので、魅力ある産業形成の後押しをしていただきたい。  三つ目としましては、先ほど触れました両立支援の強化、ジェンダーギャップの解消、そして、地方は特に大きいのですが、無意識の偏見、アンコンシャスバイアス、男だから女だから、そういうものをなくすことの促進をしていただきたい。  あとは、二地域居住の推進もお願いをしたいと思っています。二地域居住、ちょっと時間が来ましたが、政府が言っている二地域居住と我々が思っているのは違います。政府の二地域居住というのは、首都圏に住んでいて山梨県だとか近くのところに行く話なんですよね。それだったら、気仙沼選ばれません。気仙沼にとって大事なのは、気仙沼の人が仙台に就職したけど、金曜の晩から日曜の晩までは気仙沼に、ちゃんと自分の家にいて、働くときだけ仙台に行く、あとテレワークするというようなことで住所を移さないという、これが別な意味での実は効果のある二地域居住だと思っております。  最後に、地方の暮らしの魅力の発信の強化ということで、かつての田園都市国家構想、田園の部分が少し色が薄くなっていると思っています。我々は田園であったり海が好きだから住んでいますので、数字だとか利便性だけではないというそこの強調も必要だと思っております。  大変長くなりました。ありがとうございました。

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