○天野公述人 本日は、貴重な機会をいただきまして、ありがとうございます。
全国がん患者団体連合会理事長の天野慎介と申します。
私たち全国がん患者団体連合会は、現在、加盟団体が五十二団体、会員総数はおよそ二万人を有する患者団体の連合組織です。
私自身は、二〇〇〇年、二十七歳のときに血液がんの悪性リンパ腫を発症しまして、抗がん剤治療や放射線療法、造血幹細胞移植などを受けまして、二回の再発も経験いたしました。日本の医療制度と国民皆保険制度に命を救っていただいた立場です。
本日は、政府予算案のうち、特に高額療養費の見直しについて意見を申し述べます。
資料の二ページを御覧いただければと思います。
御承知のとおり、二〇二五年三月に高額療養費制度の見直しは一旦凍結となり、二〇二五年秋までに、改めて検討を行い、方針を決定するとされました。厚生労働省には、私たちがんや難病の患者団体も参画する高額療養費制度の在り方に関する専門委員会を設けていただきまして、関係団体や有識者へのヒアリングを行いつつ、八回にわたり検討を行ってきました。
二〇二五年の十二月十五日には第八回の専門委員会が開催され、高額療養費制度の見直しの基本的な考え方が取りまとめられました。この中では、多数回該当の据置きや一部引下げ、あるいは年間上限の新設など、見直しの基本的な方針が決まり、長期にわたり継続して治療を受ける患者や、所得が低い患者への配慮が盛り込まれました。これは、私たち患者団体、あるいは与野党の超党派議員連盟からの要望を反映していただいていることですので、改めてこの場で感謝を申し上げます。
一方で、具体的な見直し金額については、年末の予算編成の結果、十二月二十四日の厚労、財務大臣の大臣折衝において決定され、翌日、十二月二十五日の第九回専門委員会において初めて具体的な金額が提示されました。これを受けて、私たち全国がん患者団体連合会と日本難病・疾病団体協議会は十二月二十四日付で、厚生労働大臣と保険局長に対して、高額療養費の見直しに関する共同声明を送付、提出いたしました。
資料の三ページを御覧ください。
共同声明では、三点の要望をいたしました。
一点目、多数回該当の据置きと年間上限の新設により、長期にわたり継続して治療を受ける患者の年間での負担軽減を着実に実行する一方で、月ごとの限度額についてはまだ十分に抑制されていないため、仮に月ごとの限度額を引き上げる場合でも、治療断念や生活破綻につながることがないように更なる抑制を検討すること。
二点目、特に、七十歳未満の月ごとの限度額について、いわゆる現役世代が既に高い社会保険料を負担しているにもかかわらず、応能負担に基づいて引上げ金額が大きくなっているため、特段の配慮を行うこと。
三点目、高額療養費制度は我が国の公的保険医療制度の根幹を成し、大きなリスクに備える重要なセーフティーネットであることから、医療費節減に資する他の代替手段について、優先かつ十分な検討を引き続き行うこと。
以上となります。
資料の四ページを御覧ください。
今回の見直し案の概要となります。グラフは、縦軸が月ごとの自己負担の限度額、横軸が所得区分を表しています。黒い実線が現在の高額療養費制度の自己負担限度額、赤い実線が今回の見直し案の自己負担限度額、そして一番下の青い実線が多数回該当となった場合の自己負担限度額となります。グラフを御覧のとおり、多数回該当となれば大きく負担が軽減されることが分かります。
今回の見直し案ですが、多数回該当の据置きや一部引下げ、あるいは年間上限の新設などが盛り込まれた一方で、所得区分の細分化や、負担引上げと応能負担の強化を行うことにより、全体としては二千四百五十億円の医療費抑制を見込むものとなっています。なお、二千四百五十億円のうち千七十億円については、いわゆる長瀬効果による削減を見込んでいます。
資料の五ページを御覧ください。
五ページの左側の表は、今回の見直し案の詳細な金額となっています。赤枠で囲っている部分が月額の上限額となります。そして、月額上限の金額だけをまとめたのが右側の表となります。
例えばですが、年収六百五十万から七百七十万円の区分では、現在の月額上限は八万百円プラス一%となっていますが、今年の八月からは八万五千八百円、来年の八月からは十一万四百円に引上げとなります。これはおよそ三八%の引上げとなっておりまして、昨年がおよそ七〇%、最大ですが、最大七〇%の引上げとなっていたのと比べれば、おおむね半分程度の引上げ幅となっていますが、そもそも昨年の引上げ幅が過重な負担増であったということかと思います。
資料六ページを御覧ください。
ここで破滅的医療支出という言葉を確認いたしますが、世界保健機関、WHOの定義となります。具体的には、破滅的医療支出のある世帯は、自己負担額が医療費支払い能力の四〇%以上と定義されます。ここで医療費の支払い能力とは、家計の総消費額から、いわゆる基本的なニーズ、例えば食費であるとか住居費、光熱費ですが、これをカバーするための基準額を差し引いた額と定義されています。
資料七ページを御覧ください。
この定義に基づいて、改めて今回の見直し案を見ていきますと、こちらのグラフは、立教大学経済学部の安藤道人教授の試算によるものです。縦軸が医療費支払い能力に対する自己負担の割合、横軸が年収区分となります。医療費支払い能力に対して今回の見直し案が年額、年間ではどの程度の割合になっているかということを表していますが、所得が低い区分ではいまだ四〇%を超える負担割合とはなっているものの、多くの年収区分では四〇%未満の低い負担割合に抑えられていることが分かります。
資料八ページを御覧ください。
一方で、今回の見直し案が月額ではどの程度の割合になっているかを見ますと、先ほどの年額とは打って変わりまして、月額ではほとんどの年収区分で、世界保健機関、WHOが定義する破滅的医療支出の四〇%を超えてしまっています。
ところで、今見てきたこれらの計算は、患者さんが病気になる前と後で所得が変わらないという前提での計算となります。しかし、現実では、患者さんが病気などになると、療養生活に伴い、退職や転職、働き方の変化により、所得が減少する場合も多くあります。
資料九ページを御覧ください。
こちらは、中央値で二八・六%所得が減少した場合を想定したグラフになります。日本における最近の研究では、がんと診断された一年後に所得水準が平均で三四%減少したとの分析結果が出ていますので、このグラフはがん患者さんの現実におおむね即した分析ではないかと考えられます。
なお、このグラフの所得が低い区分については、住民税非課税世帯や生活保護世帯への移行レベルの所得減少となってしまうので、妥当性の高い試算は困難と考えられるため、計算せずに空欄となっているということになります。
このグラフで、所得が減少した場合、今回の見直し案が年額でどの程度の負担割合になっているかということを見ますと、年額でも、所得が減少した場合には、軒並み、破滅的医療支出の四〇%に近づいてくる負担割合となっています。
資料十ページを御覧ください。
それでは、所得が減少する場合に、月額ではどの程度の負担割合になっているかということを見ますと、破滅的医療支出の四〇%を大きく超える、五〇%、六〇%、あるいはそれ以上の大きな負担割合となってしまっているのが現状です。恐らく、このグラフこそが、今回の見直し案によって、高額療養費を実際に使うことになる患者さんの現実というか、実態に近い負担状況を表しているのではないかと考えられます。治療断念や生活破綻につながることがないように、私たち患者団体としましては、月額の限度額の引上げについては更なる抑制を検討するよう重ねて要望いたします。
資料十一ページを御覧ください。
今回の見直し案による自己負担額への影響、つまり自己負担が増加する高額療養費利用者の割合についてでございますが、こちらのグラフは、東京大学大学院薬学系研究科医療政策・公衆衛生学の五十嵐中特任准教授の試算によるものです。こちらのグラフからも分かるように、所得が低い区分オを除いて、区分アから区分エまで、多くの所得区分で、今回の見直しにより自己負担が増加する患者さんの割合が八割を超えるという推計結果となっています。
資料十二ページを御覧ください。
政府は、昨年より、国会などにおいて、高額療養費引上げの理由として、高額療養費の伸びが国民医療費から比べるとおよそ倍となっていることを挙げてこられました。この左側のグラフを見ますと、名目値ですが、国民医療費全体で約四十六・七兆円の中で、高額療養費は約二・九七兆円となっています。名目値だけを見ても余り意味がないですので、右側のグラフ、対GDP比で見ますと、国民医療費が二〇一二年の七・七七%から二〇二二年に七・八九%に伸びる中で、高額療養費は二〇一二年の〇・四%から二〇二二年の〇・五%という伸びにとどまっています。
もちろん、高額療養費が対GDP比で伸びがとどまっているからといって、このままでよいとは申しませんが、国民皆保険制度の中核である高額療養費のほかに、社会保障全体で議論すべきところがあるのではないかと考えます。
資料十三ページを御覧ください。
こちらは、厚生労働省が専門委員会で示した資料となりますが、今回の高額療養費見直しによる財政影響と保険料軽減効果の粗い試算ということになります。被保険者一人当たりで推計すると、加入している保険者によっても異なりますが、年額で千四百円の保険料軽減効果、月額にして百五十円の保険料軽減効果となっています。国会でも指摘がありましたが、果たして、ペットボトル一本分の保険料軽減効果と引換えに、高額療養費が有するセーフティー機能を私たちは失ってもよいのでしょうか。
資料十四ページを御覧ください。
ここまで、今回の見直し案による金額を中心に見てきましたが、高額療養費制度には、実は運用上の課題も存在します。
例えばですが、まず一点目、高額療養費の合算についてです。高額療養費の申請では、同一の医療機関の自己負担額が上限額を超えない場合であっても、ほかの医療機関の医療費であるとか、あるいは同じ世帯の同じ公的医療保険に加入している方の医療費については合算が可能です。ただし、七十歳未満の場合はそれぞれの自己負担額が二万一千円以上であることが必要であるのに対して、七十一歳以上は二万一千円に満たなくても合算が可能です。
具体例で見ますと、右側の表で、佐藤さんという患者さんを想定していますが、この方はA病院とB病院を受診しています。それぞれの診療科で、六万円、十万円、五万円と医療費が生じていますが、一番右側の二万円は、二万一千円に満たないので、七十歳未満の場合は合算ができません。
高齢者は合算ができるのに対して、現役世代だけが合算できないのか、その理由は承知しておりませんが、現役世代だけに負担を強いる不公正な取扱いではないかと考えますので、現役世代の負担軽減のためにも、七十歳未満であっても合算ができるよう、このいわゆる二万一千円の壁を直ちに見直していただきたいと考えています。
二点目は、今回の見直しで新設していただいている年間上限の取扱いです。年間上限は、当面の間は、償還払い、かつ患者申告制となる見込みと伺っております。これはシステム改修が間に合わないためと聞いておりますが、償還払い、かつ患者申告制では患者の負担が大きくなってしまう可能性がありますので、これも早期に運用を見直していただければと考えています。
三点目、多数回該当のリセット問題です。現行の高額療養費制度では、退職や転職、あるいは転居などによって、加入する保険者が変わる際に、多数回該当のカウントがリセットされてしまう仕組みになります。これについても、カウントが引き継がれる仕組みの検討を早急に進めていただければと考えております。
最後、資料十五ページを御覧ください。
全国がん患者団体連合会が昨年一月に実施した緊急オンラインアンケートでは、僅か三日間で三千名を超える皆様から切実な声をいただいております。生きることを諦めさせないでください、生活が破綻してしまいます、子供の将来のために治療を諦めなければならなくなりますなど、特に子育てする現役世代からの声が切実です。
資料十六ページを御覧ください。
その中から、斉藤樺嵯斗さんからのメッセージをこの場で紹介いたします。樺嵯斗さんは、医学部五年生のときに血液がんの悪性リンパ腫を発症しまして、二度の骨髄移植を経てリハビリを続けてきましたが、病状が悪化し、昨年九月に、残念ながら二十四歳の若さで逝去されました。
斉藤樺嵯斗さんのお父様からメッセージをいただいておりますので、紹介いたします。
樺嵯斗は旅立ちました。つらくて、悲しくて、寂しいですが、それでも私は、高額療養費制度が命と心の時間を支えてくれたと感じています。この制度があったからこそ、経済的な不安に押し潰されることなく治療に向き合い、家族として寄り添う時間を持つことができました。そして樺嵯斗は、やれるだけの治療をやり切り、最期まで自分の時間を生きました。高額療養費制度は、そこに至るまでの生き方と家族の時間を支えてくれる、かけがえのない制度です。
また、斉藤樺嵯斗さんが昨年七月にSNSに記したメッセージを紹介いたします。
病気になる以前は政治に関しては無関心で、正直、自分が投票しても何も変わらないと思っていました。けれど、二十二歳で悪性リンパ腫を発症し、多額の治療費が必要な中、国民皆保険制度や高額療養費制度のおかげでどうにか治療費を払うことができました。このとき、日本の医療制度にとてつもない感謝をしたことを覚えています。
しかし、今年の二月頃、高額療養費制度の見直しが提案されました。このとき、私も含め全国の病気と闘う人たちが不安になりました。ただでさえ闘病でつらい中、お金のことも考えなくてはいけないのは想像以上につらいものなのです。そんな中、日本中の患者団体が声を上げて、反対運動を起こしました。私も微力ながら、SNSやテレビを通じて協力させていただきました。
そして、何と高額療養費制度の見直しの延期が決まりました。私がなぜこの話をしたかというと、政治に無関心のまま制度が変えられていく恐怖を伝えたかったからです。特に若い人は政治が生活に直接関わってくることは少ないかもしれません。しかし、遠い未来、あなたにとって大切な人ができたときに日本の医療制度が崩壊していたら、あなたはどうやってその人を守りますか。
手遅れになる前に、あなたの一票で日本をよりよい国にしていきましょう。きっと、それがあなたにとっての幸せにつながると思うから。
この斉藤樺嵯斗さんからの問いかけに対して、私たちはどのように答えればよいのでしょうか。そして、これからの日本を担う将来の世代の皆さんに、私たちはどのような高額療養費制度や国民皆保険制度を残せばよいのでしょうか。今回の高額療養費見直し案は、そのことを私たちあるいは国会議員の皆様に問いかけているのではないでしょうか。
これにて私の意見陳述を終了とさせていただきます。
御清聴いただきまして、ありがとうございました。(拍手)
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