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西川芳昭 ·龍谷大学経済学部教授

参議院農林水産委員会(2026-07-14)での発言

第221回国会 ·第第15号号 ·6,392字
○参考人(西川芳昭君) 御指名ありがとうございます。  ちょっと九年ぶりの委員会ですごく緊張しているんですけれども、私自身、法律の素人でもありますし、数字にも弱いんですが、四十年間、種と人の関係の歴史を学んできた研究者として、優良種子、すなわち農家が必要とする種子を持続的に供給する制度はどうつくるのか、そういうふうなことに関して、キーワードとして、命と文化をつなぐコモンズとしての種、又は、その種を物又は単なる商品と考えないで共に生きる生き物としてのパートナーとして考える、そのような考えに基づいて意見を陳述させていただきます。  資料を二枚おめくりください。最初の三つのことについてお話ししたいと思います。  一つは、種に関する制度を議論する際の前提になる基本事項ですね、品種育成の方法とか種のシステムについてお話をさせていただきます。  第二は、これが私の研究のメインなんですけれども、これまで研究で出会った種と人のすてきな関係、本当に、何というんですかね、わくわくするような関係について事例を紹介させていただきたいと思います。  最後に、それらの情報を踏まえて、食料主権という考え方に基づく、現時点で私が今回の法案に対して考えていることを述べさせていただきます。  次のページをおめくりください。  一の一、種子に関するシステムに関してですけれども、最初に二つのシステムについて紹介させていただきます。  そもそも、農業において種子はどのように維持、生産されてきたのでしょうか。多くの農業研究者や政策担当者は、種苗法のような法制度によって政府が管理、干渉する種子供給があるべき姿と考えています。このような種子の生産、流通、認証、販売等の在り方は、フォーマルシステムと呼ばれます。しかし、実は、種子をめぐるシステムのごく一部にしかすぎません。データが実際に取りようがないんですけれども、推計では世界中で使用される種子の僅か三〇%がこのようなシステムで供給されているという推計もあります。  そこで重要になるのが、インフォーマルあるいはローカルな種のシステムです。世界中で使用されている種の七〇%は認証されていない農家や地域の種苗生産者によるインフォーマルな種子システムが賄っています。海外では、このようなインフォーマルな種子の生産供給をどのようにフォーマルなシステムに統合して、持続性を担保する種子のシステムを構築するかが検討されています。  次のページをおめくりください。  少し視点が変わるんですけれども、そもそも、品種改良というのがどのように行われているかということが余り知られていないので、委員の先生方はもう既に十分御存じのことかと思いますけれども、一言説明させていただきます。  品種改良には三つの大きなステップがありまして、一つ目は遺伝的多様性の創出、拡大になります。病気に強い遺伝子、高温耐性の遺伝子など、品種改良の素材を見付けることが第一歩です。一般には、世界から集められた在来品種や近縁野生種が利用されますが、突然変異を利用することもあります。ゲノム編集なども重要な手段の一つとなります。このような系統を交雑することによって変異は更に広がります。  第二のステップとして、そのような多くの変異の中から必要となる系統を選抜し、固定するステップがあります。特定の遺伝子を既存の品種に組み込む場合は、バッククロスという元の品種に何度も掛け合わせる方法を取ります。ジーンクリーニングと呼ばれる場合もあります。  第三は、でき上がった品種の種子、育種家種子と言われますけれども、その維持と増殖です。お米の場合、一般に三年かけて増殖されます。  法制度を含む種子システムを議論する際には、このような異なる段階を理解しておかないと、混乱が生じて具体的な議論がかみ合わなくなるので、注意が必要だと考えています。  次のページ、一の三を御覧ください。  では、持続可能な社会のための種子システムというのはどのような形になるのでしょうか。概念型として紹介させていただいていますが、まず、今回の議論の種苗法、重要品種育成法案等は、産業的な農業推進のための種子システムを支える法案となるかと思います。一方で、議員提案の法案は、食料安全保障のための種子システムと言えるかもしれません。それと並んで、三つ目に、地域社会又は兼業、自給的農業などの地域持続性も担保するような種子システムも必要になります。  最終的には、このような三つのシステムを相互に支え合うような法制度、システムが必要というふうに考えます。また、最後の方でもう一度この課題には戻ってまいります。  次のページを御覧ください。  大きな項目の二番目、私の研究の中心テーマである種と人のすてきな関係になりますけれども、まず、ターキーレッドという小麦のお話をさせていただきます。  緑の革命の素材となったノーリンテンという小麦は、農商務省の技術者、稲塚権次郎らが、このターキーレッド由来の系統と東北地方の矮性小麦との交雑育種によって育成されたものです。ノーリンテンは、東北地方の小麦収量を増加させただけでなく、アメリカの小麦、メキシコの小麦との出会いを経て、さらにはインド、パキスタンの小麦増収につなげる育種素材となりました。当時、世界の問題であった南アジアの飢餓克服に貢献し、関係者はノーベル平和賞を受賞しました。もちろん、緑の革命が貧富の格差助長や化学肥料、農薬の使用増加など、社会・環境問題を引き起こしたことも事実で、このようなモデルの現代における安易な適用は許されるべきものではありません。でも、人間の生存にとって非常に重要なメッセージは、ターキーレッド自身の歴史にあります。  ウクライナ地方にいた、ドイツから移住して、徹底した平和主義を特徴とするプロテスタントのキリスト教徒メノナイトの人々が、ロシアによる兵役を逃れて難民としてアメリカに渡ります。この人たちが、籠の中に潜ませて運んだ種が、後にカンサス州を世界のパン籠と呼ばれるまでに成長させたのです。さらに、そこで育った農民が、二十世紀後半にアフガニスタンへの兵役拒否で、カナダを経由して日本に移住し、そしてそのときに持ってきたターキーレッドの種が今北海道で栽培されています。家族や民族の歴史に種が伴った事例です。  余談ですが、一九九九年、ルワンダの内戦の後、帰還難民支援のプロジェクトに私自身が参加し、隣国ウガンダで増殖した豆の種の配布を行っていました。着のみ着のままで逃げた難民が、帰還してすぐにまく種がないので困っているだろうということで行われた希望の種子作戦というオペレーションでした。今はトランプ大統領によって解体させられたUSAIDのプロジェクトだったんですけれども、そのプロジェクトに日本からボランティアとして参加していました。そのときはいいことをしているつもりでしたが、後に評価ミッションの調査の結果、実は難民の多くが種子を大切に保管していたことが判明しました。人々は移動するときに命の種を持っていくものだと考えています。  次のページを御覧ください。  今度は国内の方に話を戻します。議員提案の法案の関連になるかと思います。今日は、委員の先生方、岩手県、宮城県の選出の方がいらっしゃるということで、予期していなかったんですけれども、そのお話になります。  平成の米飢饉の年は、岩手県の作況指数で五〇でした。米の生産のみならず、次年度本格導入予定の新品種の生産種子増殖も壊滅的な状況になりました。岩手県は沖縄県と協議して、石垣島における冬場の種子増殖を実現しました。文献及び岩手県の聞き取りからは確認できなかったのですが、国の指導の下に県が種子供給の責任を負っていたからできた事業ではないかと思います。この品種は、後に公募でかけはしと名付けられ、今も岩手県と石垣島の交流は続いています。  もう一つは、宮城県のゆきむすびという美しい名前の品種です。気候変動や獣害など、農家の経営リスクを消費者が一定程度負担する連帯経済の一種とも言える地域支援型農業、CSAという取組が世界中で注目を浴びていますが、そのお米バージョンとして、農林水産省のホームページでも紹介されている鳴子の米プロジェクトというプロジェクトがあります。ここで使われている品種、ゆきむすびは、奨励品種登録が見送られるような状況の中、すなわち実需が余り見込まれない中、この対象地域の人々が試験場に直談判して栽培を実現しています。種子の必要量が基準に満たされていないにもかかわらず、関係者の尽力で奨励品種となり、今世界で注目されている新しい取組であるCSAを支えている品種となっています。  二の三、次のページを御覧ください。  公設の試験場が扱う地域に密着した品種ということで、新しい品種の育成と在来品種又は伝統野菜の復活のお話です。  地域の公的試験場は、産業としての農業だけではなく、多様な形で地域の農家、社会へ貢献しています。イチゴに関しては、福岡や栃木がブランドであるため、奈良県のイチゴは良い値段が付きにくかったのですけれども、これをブランド化するために、もちろん卓越した食味特性もそうですけれども、実は農家と試験場の信頼関係で多少の作りにくさ、やはり農家のその技が必要なもの、そのようなものを作っていく中で、受粉昆虫の研究や土壌伝染病害の回避技術など、多様な関連技術の統合を実需者である農家と丁寧に協力しながら作出された品種です。今回、参議院の調査室の方で用意していただいた資料を見ますと、この品種が海外に流出されている報告があったということで、私自身、奈良県出身としてすごく残念に思っております。  もう一つは、伝統野菜の復活です。農研センターのジーンバンクや県内の伝統野菜を守るNPO「清澄の里 粟」の方たち、老舗の奈良漬け店たちなどが協力して、美しい名前の歌姫大根、歌姫というのは奈良と京都の県境の峠にある美しい地名なんですけれども、歌姫大根の栽培が復活しました。中心となったのは県の試験場です。総合的な地域農業、農村活性化に限られた予算人員で行っており、それを支える重要な遺伝資源を農研センターが保存していました。このような体制の継続は、継続的な種子の供給に不可欠だと考えます。  まとめに入ってまいります。  三の一、ここで重要な言葉を紹介させていただきます。食料安全保障だけではなく、食料主権を基盤とした制度が必要だと考えます。食料主権とは、国家及び国民、市民が自分たちの食料、農業を定義する権利です。何を作るか、何を食べるかを自分たちが決める権利です。日本でもよく使われている食料安全保障とは似ていますが、異なる概念です。  食料安全保障は、必要な食料をどれだけ確保するかを量的概念で語る政策目標のようなものですが、その方法や誰が行うのかは問われません。したがって、輸入依存で満たすこともできますし、農家に特定の作物を作らせるような政策も可能となります。  一方で、食料主権は、全ての人が食にアクセスできる権利でもあり、その内容や方法についての議論にも全ての人が参加できることが大事です。三十か国以上で憲法や法制度に明記されていますが、残念ながら、日本ではほとんど注目されていません。  あと、産業法としての今回の法案審議に関して、少し私の意見を申し上げます。三の二を御覧ください。  日本で食料主権を意識した持続可能な優良種子供給の種子システムを考える場合に、これらの法案をどう位置付けるかを考えてみたいと思います。  まず、化学企業の一部としての種苗ビジネスではなく、品種育成及び種子の増殖販売が主たるビジネスである日本の種苗企業の特殊性を理解した支援が必要だと考えます。日本の大手種苗会社の保持する豊富な遺伝資源と高い技術力を考えると、当面、遺伝子組換えを必要としないで競争力を保てる可能性があり、そのように明言している企業もあります。日本種苗協会加盟の企業には、規模が大きくなくても育種素材を保持し、新しい品種を作り続けている会社もたくさんあります。  同時に、多様な農業生態系、生物文化多様性及び農の営みに対応する都道府県の研究機関や地域の種苗企業の存在も重要です。実際問題として、一般の農家が自家採種で品種の特性を維持することは困難なため、固定種の種子を生産し続ける各地の種苗企業の存続は重要です。また、高い採種技術を持つ有機農家などは、自らの圃場に適応した系統の選抜も行っています。このようなイノベーションを種苗関連法が排除してはならないと考えます。この点は、前回の種苗法改正の際、農水省の検討会の委員として何度も発言させていただき、議事録にも残していただいています。  主要農作物に関する国や都道府県の役割は重要です。岩手、宮城の事例等は旧種子法の枠組み内の事業実施であり、種子法がない状態がこれ以上続くのは良くないと考えます。  最後に、品種育成のプロセスは市民には理解し難いものです。一面的な知識で新品種の導入、普及を拒否することや、安易に海外に持ち出すことを防ぎ、法律の効果的運用を実現するには啓発が必要です。SNS時代には疑似科学やえせ科学が広がりやすく、このままでは食料主権の実現にはマイナスに働きます。食育等に組み込んだ形での総合的な議論が必要だと考えます。  三の三を御覧ください。  全体的な概念として、中心課題が優良種子、農家が必要とする種子の供給であるならば、フォーマルセクターの改善を推進することはもちろんですけれども、それ以外の栽培方法の改善やインフォーマルセクターの改善、さらには農家の採種技術の改善等必要かと思います。  愛知県では、採種農家確保が厳しい中で、老舗酒造会社が生産種子を愛知県関係者、種子協会等の指導を受け自社生産をしている事例もあります。このような形の様々な種子の供給の方法を検討するべきだと思います。  最後に、私が敬愛する奈良県の種苗会社、神田育種農場の今年の種苗カタログの巻頭言を紹介して、意見陳述を終えたいと思います。  温暖化や戦乱など、人類の持続性が脅かされている今の時代に、種子は誰のものかなどという不毛な議論をしている時間は私たちには残されていません。種は生物資源でもあり、遺伝資源でもあるユニークな資源であり、産業としての農業だけではなく、農の営みに貢献してきた、人間にその生存を委ねているものです。種取りという農の営みと近代科学を用いた品種育成の両方に関わり、種子と苗を知り尽くしている種苗企業が種と人との豊かな関係に更に貢献できるのではというふうに述べておられます。  この種子を支配できると考えること自体が種子に対する畏敬の念の欠如だと私は考えています。本当に種を愛する人は種をあやす、長崎県の岩崎さんの言葉です。種ができると命をつなげたことにほっとする、奈良県の三浦さんの言葉です。ただでもらった種は育たない、これは全国を歩いて種の交換を研究されている民俗学者の言葉です。様々な形で種への情愛が表現されています。  このような種への大切さ、いとおしさを語れる社会を続けることが、最終的には種苗産業の強化、さらには持続可能な農業、農村をつくり出すことになると思います。  ニューノーマルがこのような形で実現することを夢見て、陳述を終わらせていただきます。ありがとうございました。

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