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細谷雄一 ·慶應義塾大学法学部教授

参議院外交・安全保障に関する調査会(2025-02-26)での発言

第217回国会 ·第第3号号 ·8,124字
○参考人(細谷雄一君) ありがとうございます。  慶應義塾大学法学部の細谷と申します。  今日は、貴重な時間をいただきまして、このような私の方から説明をさせていただけることを大変光栄に存じます。  私の方からは、お手元に資料がおありかと存じますが、リベラルな国際秩序の展開と再編という、やや大きな歴史的な枠組みから、今起きている、目の前で起きている大きな変動というものを、国際的な変動というものを私の方からお話をさせていただければと存じます。  まず、一ページ目の「はじめに」というところでございますけれども、冒頭でまず戦争と平和、今回の調査会の重要なテーマである「21世紀の戦争と平和と解決力」のこの戦争と平和についての幾つかの重要な文献からの考え方を御紹介したいと思います。  まず一つ目でございますが、こちらは、イギリスの十九世紀の法学者、ヘンリー・メインが述べた言葉でございます。この中では、戦争は、人類と同じほど古いもののように思えるが、平和とは近代に発明されたものであるというふうに述べております。これは、戦争とはそもそも国家の権利であって、この時代においては戦争を制約するというものがほとんどなかった。つまり、戦争というものは正しいもの、あるいはそれが悪いものとは一般的に見られていなかったということが重要な点でございます。  そして二つ目が、二十世紀後半に活躍したイギリスのオックスフォード大学教授のヘドリー・ブルが述べた言葉です。その中で、ブルは次のように述べております。国際社会は、主権国家システムの存続と両立するような限界内に、国家間戦争を限定することに一定の成功を収めてきた。つまりは、主権国家というものは、主権を用いて戦争を行う権利を持ちながらも、様々な制度、国際法に基づいて、二十世紀においては、いかにして戦争を制度的に制約を加えるか、規範的に制約を加えるかということが重要な試みであったわけでございます。そのような試みが一定程度成功しまして、冷戦が終結するときには多くの人たちが、我々は平和の時代が訪れるということを期待したわけでございます。  戦争と平和について最も優れた日本語の書籍をお書きになられている委員長の猪口邦子先生が一九八九年の「戦争と平和」という著書の中で次のように書いておられます。第二次世界大戦勃発から五十年目の世紀の今日、これはちょうど一九八九年ということでございますけれども、人々は長い文明史の中で初めて戦争という制度を事実上放棄する可能性の光に照らされた大協調の構造に挑みつつあると言えようと。当時の時代の雰囲気として、これはアメリカのブッシュ大統領も同様に、新世界秩序というものが法の支配に基づいて秩序がつくられるということを高らかに述べたわけでございますが、ところが、今我々が見ている目の前の世界というものは必ずそのようになっておりません。  二ページ目を御覧いただきますと、冒頭のところで、イギリスの著名な国際政治学者のクリストファー・コーカーの言葉があります。コーカーはその著書の中で次のように述べています。一言で言えば、戦争は驚くほど強靱なのだ、戦争はあらゆる光の中で常に色を変えてきたということで、例えばサイバー戦争もございますし、認知戦という言葉もございます。いろいろな形で、カメレオンのように姿を変えながら戦争が持続してきたということで、そのことを強調して論じているわけでございます。  また、オックスフォード大学からハーバード大学に移り、現在はスタンフォード大学におられるニーアル・ファーガソン、著名な歴史家の方ですけれども、この方、イギリス人の歴史家の方は次のように述べています。人口の拡散は平和裏に、感知できないほど緩やかに行われてきたが、異民族との関係は極めて危険なものだと認識されてきた、この矛盾をどのように説明すればよいのだろう、生物学的には極めて似通っているのに、異民族を宇宙人のようにみなしたがる、二十世紀に最悪の戦争が起こった根本にはこのような精神構造があったのではないか。他者というものを脅威と感じ、不安に感じるこの精神構造が永遠に人類とともに戦争が続いてきた大きな要因ということをこのニーアル・ファーガソン教授は述べております。  一方で、我々が今生きている世界においては国連憲章がございます。アメリカもロシアも日本も中国も皆この国連憲章に同意し、そして批准をしているということでございますが、この国連憲章第二条では、皆様御承知のとおり、紛争、国際紛争を平和的手段で解決する義務というものがございます。また、第四項では、国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を慎むということが合意されております。  したがって、今目の前で起きている戦争というものは明確にこの国連憲章の第二条、第二条の第三項、第四項に対する違反ということを我々はもう一度これを認識しなければならないということで、三ページ目に移りまして、こちらは私がウクライナ戦争が始まった直後に書いた「外交」という雑誌の中の論考でございますが、そこで私が書いたのは、これは、第二次世界大戦後の国際秩序の根幹を大きく動揺させて、今後の世界政治を変質させるような巨大なインパクトを持つものとなるであろうと。  同様に、岸田前総理も、二〇二三年、二年前の一月のアメリカでの演説で同じようなことを述べております。国際社会は歴史的な転換点にあること、そして我々が奉じてきた自由で開かれた安定的な国際秩序は今重大な危機にさらされていることということで、日本はこれまで世界の平和と繁栄や自由で開かれた国際秩序を能動的につくり出す努力を続けてきました。ところが、そのような努力というものが今大きく崩れる危機にある、重要な今転換点に、歴史的な転換点にいるということが我々にとっては重要な認識であるべきだろうというふうに考えております。  そのような問題意識を前提としまして、続いて、リベラルな国際秩序と呼ばれるものが一体何なのか、そしてそれがどのように発展してきたのかという歴史的な経緯を御説明をさせていただきたいと存じます。  このリベラルな国際秩序とは一般的に、プリンストン大学のジョン・アイケンベリー教授によって論じられたものであって、第二次世界大戦を契機としまして、アメリカを中心とした開放的で制度化された協調的な国際秩序と見られております。より具体的には、国際的な規範としては、一九四一年の大西洋憲章、四二年の連合国宣言、四五年の国連憲章、四九年の北大西洋条約、六六年の国際人権規約、そして七五年のヘルシンキ最終議定書などがその土台となったものでございます。  したがって、このような規範というものを、今回のロシアによるウクライナ侵攻は明らかに、明確にこれを違反するものであるということを認識する必要があるだろうと考えております。  続いて、四ページ目に行きまして、冒頭に、先ほども御紹介しましたヘドリー・ブルのこの国際秩序に対する認識、我々は、国際秩序を維持するためにはそこに共通の利益と共通の価値というものが必要である、そして、共通の規則体系によって拘束されているということが重要である、このことを共に責任を負っているという認識が重要な前提となるわけですが、今、世界は分裂し、対立し、まずこの共通の価値というものは大きく崩れている、そして、幾つかの大国が共通の規則体系によって拘束されていないというように、自由に行動するようになった。このことが、先ほど申し上げた国際秩序が大きな危機にある、動揺しているということの大きな原因であろうというふうに思っております。  また、元に戻りまして、アイケンベリー教授が述べているリベラルな国際秩序の重要な要素として、アイケンベリー教授は幾つかの要因を、要素を述べております。それは、一つ目には経済的な開放性、二つ目が政治的な互恵性、そして三つ目の多国間の管理ということでございますけれども、この三つについては、明確に今のロシア、あるいは近年トランプ政権でロシアに歩み寄っているアメリカがこの三つの要素に対して大きな挑戦となっているということが御理解いただけるのではないかというふうに感じております。  そして、四ページ目の一番下のところにございます国際秩序の弁証法ということでございますが、これは、十年以上前に私が書きました「国際秩序」という本の中で示した考え方でございます。すなわち、国際秩序とは、時代や国際環境の変化に応じて推移して変容していくと。つまり、固定的なものではない動的なものであって、常に時代とともに大きく変容しているということでございます。  例えば、近年の変化ということで申し上げれば、従来のような西側の欧米諸国のみでこの国際的な規範あるいはルールというものを作ってきたわけでございますけれども、これが中国やインドのような非欧米の新興国の台頭、あるいはグローバルサウス諸国の影響力が拡大していることによって、このような規範や制度を欧米が独占することはもはやできない、そのような構造的な変化というものを我々は認識する必要があるんだろう、このことが、国際秩序が柔軟に変わっていくという、国際秩序の弁証法というふうに私は書いております。  もう一つ重要なポイントとして、国際秩序を見る上ではソリダリズムとプルラリズムという考え方がございます。ソリダリズムというのは、国際社会、国際秩序を非常に結束とした一つの共同体として見る見方でございます。プルラリズムは、その中に多くの異なるパワー、規範というものがあるというふうな認識がございますから、今の世界はこのソリダリズム的な世界からプルラリズム的な世界へと大きく移行しているということが近年の特徴ではないかと思います。  例えば、かつての保護する責任であるとか人間の安全保障、これは、国際社会が一体であるというソリダリズム的、連帯主義的な理念が浸透していった反映でありました。ところが、そのような認識が今大きく後退し、むしろそれぞれの国が自国第一主義という形で自国の国益を最優先し、国際的な結束、連帯が大きく今崩れつつある。そのことが、六ページにもございますこのリベラルな国際秩序の衰退ということにつながっている。  すなわち、ちょうど今年で戦後八十年が経過するわけでございますけれども、この戦後八十年が経過する今年、リベラルな国際秩序というものがかつてないほど巨大な危機に直面していると。そして、その危機を乗り越えることができなければ、もう恐らくその乗り越えることが今難しい段階に来ていると思いますが、この国際秩序というものが大きく崩壊していく。その結果、待っているのは、パワーポリティクス、むき出しの暴力というものがそのまま衝突し、軍事的な大国が自らの正義というものを中小国に押し付ける、このジャングルのような時代へと我々は移りつつあるのかもしれない。言い換えると、それを止めるということが日本外交にとっての大きな使命であるというふうに私自身も考えております。  すなわち、現在におけるリベラルな国際秩序は、二つの方面からの巨大な挑戦を受けている。  一つ目は、外部からの挑戦です。これは、中国やロシアという権威主義的な大国が影響力を拡大し、そしてグローバルサウス諸国が一定程度それらの国々、権威主義的な国家と足並みをそろえることによって、リベラルな国際秩序を守るという意思を持った国がむしろ国際社会の中ではマイノリティーになってしまっているということでございます。ウクライナ戦争が始まった直後の三月の国連の、国連総会特別決議では百四十の国々がロシアの侵略を非難したわけでございますけれども、今やその数が三分の二ほどに減ってしまっているというのが、まさに三年が経過した現在の状況ということが言えるだろうと思います。  そして、リベラルな国際秩序に対するもう一つの、第二の重要な挑戦が、それぞれの国の内部からの挑戦でございます。例えば、アメリカの大統領選挙の結果として、二〇一七年、そしてさらには今年の一月、ドナルド・トランプ氏が勝利をし、大統領に就任するということで、このドナルド・トランプ大統領もまたリベラルな国際秩序というもの、まあリベラルというものに対しても国際秩序に対しても非常に強い違和感や、場合によっては嫌悪感というものを示すことがあるということで、それぞれの国の内部からこのリベラルな国際秩序を大きく動揺し、破壊する衝動というものが今噴出しているというふうに言うことができるんだろうと思います。  また、もう一方では、そもそも国際政治学におけるリアリズムの観点からこのような認識に対する批判がございました。例えば、その代表的な論者の一人であるシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授は、一貫してこのリベラルな国際秩序というアイケンベリー教授の考え方には批判的でした。それについて、例えば次のように述べております。冷戦後のアメリカは一般的にリベラルヘゲモニーと呼ばれる究極のリベラリズム外交政策を取れるほど強大な力を持っていたというのが私の主張である、主張の基本である、リベラルヘゲモニーという野心的戦略は、できるだけ多くの国を自由民主主義国家に変えながら、同時に、開かれた国際経済を促進し、強力な国際機関を構築することを目的としている、つまり、アメリカは自分たちの思惑で世界をつくり変えようとしてきた、ところが、リベラルヘゲモニーは最初から失敗する運命にあり、実際そうなった、なぜなら、この戦略は最終的にリベラリズムよりも国際政治にはるかに大きな影響力を持つナショナリズムとリアリズムと対立する政策を生むからだということでございます。  つまりは、国際政治の重要なドライビングフォースは、リベラリズムではなくてナショナリズムであってリアリズムである。自国の利益を最優先し、また軍事力によって問題を解決しようとする思考が優先するような世界においては、このリベラルな国際秩序という考え方自体が最初から崩れ落ちる運命にあった。  このミアシャイマー教授は、世界で核兵器を広げることを進めておりました。例えば、ウクライナが、これ一九九四年ですけれども、何としてでもロシアから自国を守るためには核兵器は不可欠である。結局は他国を誰も助けてくれない、自国を助けることができるのは自国だけである、そして自国を助ける最終的なツールとなるのが核兵器であるという認識でございますから、したがって、この認識に基づけば、核兵器の拡散というものは不可避ということになるわけでございます。  ここではそれが正しいかどうかということは申し上げませんが、もう一人、ハーバード大学教授の著名なグレアム・アリソン教授も、リベラルな国際秩序を次のように批判しております。リベラルな秩序が過去七十年の間の平和を生み出してきたと主張する論者は重要な事実を看過している、すなわち、その最初の四十年はリベラルな秩序として規定されていたのではなく、二極対立に基づく冷戦として規定されてきたことである、長い平和と名付けた歴史家が説明するように、大国間戦争を阻止してきた国際システムは、ソ連とアメリカとの闘争という意図せざる結果として生まれたものなのである。  つまり、冷戦時代の平和は、リベラルな国際秩序が守ったのではなくて、米ソの核兵器を中心とした勢力均衡によってつくられた、これ重要なジョン・ルイス・ギャディス教授の考え方、歴史家の考え方でございますが。このように、結局のところは、現在の世界というものはリアリズムとナショナリズムによって動いている。  下に書いてございますアーロン・フリードバーグ教授も同様に、結局のところ、中国、ロシア両国共に、過去の屈辱と不正義に対するふんまんを抱いている、これは西側諸国によりもたらされたものだと考えられているということで、現在の中ロ両国は、共に大国としての地位と威信を確立することを求めており、また同時に、より実態のある具体的目標も追求している、すなわち、自国が明白かつ圧倒的な優位を誇る地域的な勢力圏の確立である、ロシアはかつてのソ連の領域を統制したいと望んでおり、中国は東アジアの海域から大陸の外縁部を含むユーラシア大陸の東側における優越的な地位の獲得を目指している。つまりは、もうこれ十年前にフリードバーグ教授が言っていたことですけれども、中国とロシアが勢力圏を確立するために軍事的な手段を用いるというのは必然である、あるいはそれが大きな趨勢であるということをもはや十年前から述べていたわけでございます。  いずれにしましても、八ページでございますけれども、国際秩序の改革は不可避である。まず第一に、国際社会において、かつてほど求心力がない、連帯主義がない、ばらばらとなっていて、そしてそれぞれの国が自己中心的な行動を起こすようになった。その事実というものを我々はやはり前提にしなければいけない。そして、かつては欧米の価値観というものが中心だった世界においてそれが崩れつつあるということ、つまりは、グローバルサウス諸国といかにして連携し、またその主張というものに我々が耳を傾けるかということが鍵となるということが、こちらからも御理解いただけると思います。  さて、残り時間も少なくなりましたので、最後に、日本が何ができるか、リベラルな国際秩序の擁護者としての日本ということでございますけれども。  過去十年間、日本はこの国際秩序の擁護者として働いてきた、これは十年前の安倍談話に示された考え方です。つまりは、戦前の日本が国際秩序の挑戦者ないしは破壊者として行動した。それに対して、今度、戦後の日本はむしろこのリベラルな価値というものを守る、擁護する立場に立ったのだ、平和国家としての道のりを歩んだ。そのような考え方が二〇一五年の安倍談話、そしてさらには、その翌年に発表されました自由で開かれたインド太平洋構想というものに結実したわけでございます。  この安倍総理が発表した自由で開かれたインド太平洋構想というものが更に深化しまして、岸田政権の下では、多様性、包摂性、開放性ということが重要な鍵となったわけでございます。この調査会の重要なテーマでもございます、今日の重要なテーマでもございますこの「Inclusive Peace」ということでございますけれども、日本は、自由で開かれたインド太平洋戦略の中で明確に、この多様性、つまり、かつてのような一体性が崩れている中で多様性を尊重し、一方で、包摂性、しかしながら全ての国を取り込む秩序を構想する、同時に、それぞれの国が閉鎖的になるのではなくて開放性というものをどうにか維持しなければいけない、これが今の日本の外交の重要な精神であろうと思います。  最後に、「おわりに」というところでございますけれども、第二次世界大戦で国際秩序の挑戦者となった日本は、戦後は平和国家としての道のりを歩み、リベラルな国際秩序の擁護者として重要な役割を担ってきました。近年は、中国やロシア、さらにはトランプ政権下のアメリカも大国主義的でパワーポリティクスに基づいた国際秩序を推進しようとしていることからも、日本のそのような役割というものがかつてないほど高まっているということが言えるんだろうと思います。  そして、現在の石破茂政権でも、引き続き、この多元性、多様性、包摂性、開放性を基礎とした国際秩序構想というものが推進されている。私は、この方向性というものを引き続き日本は堅持するべきだというふうに考えております。  御清聴、誠にありがとうございました。  以上でございます。

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