○渡辺公述人 ただいま紹介いただきました渡辺でございます。東京大学の経済学研究科に所属しておりまして、マクロ経済学という分野を専攻しております。特に物価とか、あるいは賃金とか金融政策とか、そういうことを実証的に研究する研究者でございます。
今回の当初予算の一つの柱は賃上げだというふうに理解しておりますので、今日は、その賃金を中心にして私自身の考え方を少し最初に申し上げさせていただいて、それから先生方からの御質問をいただきたいというふうに思います。よろしくお願いいたします。
まず、タイトルのところを御覧いただきますと、「賃金・物価・金利の正常化」というふうに書いてございます。賃上げに伴う賃金の上昇というのが起きている。それから、それの前の段階として物価が上昇してきている、ここは先生方、御存じのとおりであります。それから、それに付随して昨年からですかね、日銀が金利を上げ始めているということで、賃金、物価、金利の動きがこの数年間のところで大きく変化してきているわけであります。
実は、この賃金、物価、金利というのは、長いこと、三十年間ぐらいにわたって異常な状態だったわけでありまして、それが正常化してきているというのが私の基本的な理解の仕方であります。もちろん、物価の上昇が行き過ぎているとか、あるいは物価と賃金の上昇というのが、なかなか賃金の方が追いつかないとか、いろいろな問題が付随的に起きておりますけれども、しかし、それでも私は、賃金、物価、金利の正常化が起きているという意味では、非常に大きな前向きの動きが日本経済に起きているというふうに評価をしてございます。そのことを、もう少し詳しく申し上げます。
まず、二ページ目のところを御覧いただきたいんですけれども、じゃ、日本はどういうふうに異常だったのかということを簡単に振り返るために描いたものでございます。左側が日本で、右側の方に、比較のためにアメリカの絵を描いてございます。物の値段、サービスの値段、それから名目の賃金、こういうものがどう推移しているのかということを示したものでございます。
七〇年代、八〇年代、九〇年代の前半までは、日本のこの三本の線が右肩上がりになっている。それから、アメリカも右肩上がりですけれども、両国で傾きの差も余りないというのがお分かりいただけると思います。つまり、九〇年代の半ばぐらいまでは、日本は別に賃金も物価も金利もおかしくはなかったわけであります。
ところが、九〇年代の半ばぐらいから、九五年と言っていいと思うんですけれども、そこから賃金の方は全然毎年毎年変わらない、据え置かれるということが始まりました。それから、物価も同じタイミングで据え置かれるということが始まりました。ということで、両方が据え置かれるという状況が生まれたわけであります。これがよく言われる日本のデフレ、あるいは、長く続いたので慢性デフレというふうに呼ばれている現象でございます。
御覧いただいていますように、アメリカはそんなことはありませんし、ここには絵がありませんけれども、欧州の国々もそうではありませんで、日本が据え置かれていた時期に右肩上がりを続けておりましたので、あちらはどんどん上がっていく、こちらは毎年毎年据置きでございますので、一年一年の差というのはそれほどではないかもしれませんけれども、それを九五年以降、ほぼほぼ三十年にわたってやってきたわけですので、結果的に、賃金で見ると、物価で見ても、大きな差が彼我で生まれているということでございます。
私は、国立大学に勤めておりますけれども、同じような研究をしているアメリカやヨーロッパの国々の先生方との交流も非常に多うございますけれども、そういう人たちと給与の話をしますと、明らかに彼らの方が高い。それは、高いというものを超えて、三倍、四倍というのが平均だという状況になっているわけであります。
そこまでいきますと、例えば海外の先生方で、日本で教えてみたい、日本の若い子たちに教えてみたいという人たちもなかなか来てもらえませんし、逆に、東大で教えているような先生方が海外に出ていってしまうということも起きているわけでありまして、なかなか大学としても深刻であります。恐らく、多くの企業で同じような問題が起きているんじゃないかというふうに思います。
つまり、三十年間、価格と賃金をそうやって据え置いてきたこととして、今そういう大きな弊害というのが起きているということでございます。
ただ、幸いなことに、それが二〇二二年の春ぐらいから、三年前ぐらいから変化が起きているわけでありまして、それが今日申し上げたい正常化でありますし、あるいは予算の中での賃上げ云々というのも、そこに関わる部分だというふうに理解をしております。
三ページのところを見ていただきますと、大きなくくり、私の理解の仕方として描いている絵でございますが、二つ、ぐるぐる回っている絵がございますが、左側がこの過去三十年間のデフレの時期の日本の経済の様子を表したもの、右側が過去三年間の、二二年春以降の動きを示したものです。
その三十年間というのは、毎年、価格、給与は据え置きます。そうすると生計費は毎年変わりません。となると、賃上げというのは、そういうことがないということで、賃上げを要求しないということになる。そうなれば、普通の企業として、普通の年であれば、企業は、人件費、労務費が上がって、それを価格に転嫁するということが起こるわけですけれども、そういうことも三十年間は必要なかったわけであります。
こうして、価格の据置きというところに、もう一回戻っていくわけでありまして、つまり、価格を据え置くということと、それから賃金を据え置くということが、ある意味でペアで起きていて、ペアであったからこそ持続性があって、三十年間も続いたというふうに考えてございます。
元々のサイクルから、新しいサイクルとしては右側のものですけれども、企業が二%程度価格を上げていく、そうすると生計費もそのぐらい上がっていく。そうなると、労組等とも賃上げを要求していく、二%プラスアルファの賃上げを要求していく。そうなると、人件費、労務費が上がっていきますので、その分を価格に転嫁するということで、今度は価格も賃金も両方が平仄を取りながら上がっていく、こういう健全な循環というのが生まれているわけであります。
気の早い方は、右側の方のサイクルが始まったし、あるいは予算でも様々な手だてがなされるようになってきたので、もう日本はこういういい循環が定着したんだ、そういうふうにおっしゃる方もいますけれども、私はそこは悲観的であります。多くの方よりも悲観的であります。理由は非常に単純でありまして、日本社会の中に、まだ左側のサイクルへのある種のノスタルジー、郷愁というものが残っているからであります。
例えばシニアの方であれば年金で生活されている方が多いわけでしょうけれども、予算委員会で様々な工夫もしていただけているとは思いますけれども、しかし、残念ながら、物価の上昇にはやはり年金の受取というのは追いつかないわけであります。今後も、もしこういう二%という緩やかなインフレであったとしても、続くとすれば、彼らの年金というものは目減りしますので、そうであれば、元の左側の方のサイクルに戻したいというふうにお考えになるわけであります。
それから、企業でも、大企業の方は、多くは右側の方の好循環の方をサポートされているというふうに思いますけれども、一方で、中小企業というのは、なかなかそうはならないということであります。
つまり、今、賃金が上がり始めているというのはもちろんいいことなわけでありますけれども、それをやろうとすると、やはり中小企業は収益的に余裕ができない、あるいは、今回の予算の中でも議論になっていますけれども、価格転嫁がなかなかできないということで、中小企業の賃上げは厳しい。そうなると、せっかく長い間働いてくれていた労働者の方が一人去り、二人去りということになってしまう、経営が難しくなってしまうじゃないかと。
これが、かつては、毎年賃金を上げなくても、別に自分だけではなくて、多くの企業も上げなかったわけですので、そうなると、労働者の方も、企業にお勤めの方も御不満を持つことはなかったわけですので、そうなれば余分な苦労はしないで済んだ、そういうふうに考えて、中小企業の経営者の方は、左側のサイクルの方がよかったというふうにおっしゃるわけであります。
このように、多くの方々が左側のサイクルに対するノスタルジーをまだまだ強くお持ちになっている。人数的には、シニアの方も、それから中小企業の経営者の方もたくさんいらっしゃいますので、私は、人数割りでいうと、まだまだ半数以上の方が実は左側のサイクルに戻したいというお気持ちを強くお持ちなんじゃないかというふうに思っております。
なので、右側がもう三年間、始まったから安心だというふうには全然思えないわけでありまして、まだまだ様々な手だてが、それは財政的な手当てをもちろん含みますけれども、必要だろうというふうに思っております。その意味で、今年の予算の中で、様々な形で価格転嫁あるいは賃上げに向けた取組が盛り込まれているということは非常に有効なことなのではないかというふうに思っております。
この動きというのは、大きく言うとデフレからの脱却というふうになるわけですけれども、デフレからの脱却というのは、別に昨日今日スローガンとして掲げたわけではないわけでありまして、アベノミクスのときからそういうことは議論されてきたわけであります。先生方も恐らくそういうことを議論されてきたんじゃないかというふうに思っております。
しかし、残念ながらといいますか、あれだけの、たくさん、いろんな措置を行ってきましたけれども、しかし、アベノミクスではデフレ脱却は実現できなかったわけですし、あるいは賃金と物価の好循環というものも実現できなかったわけであります。
今、それが、いろんな留保はありますけれども、曲がりなりにも実現できているんだとすると、一体それはあのときと今とではどう違うのか、二〇一三年、一四年のあの頃と十数年後の今とではどこがどう違うのか、ここを押さえておくことは非常に大事なわけでありまして、そこを理解すると、じゃ、持続性をどうやって持たせるのがいいのかということのヒントも得られるんじゃないかというふうに思います。
その違いは、私は、二点あるというふうに思います。
四ページ目ですけれども、まず一つは、消費者のインフレ予想というものであります。
ちょっと専門用語なので恐縮でございますけれども、平たく言いますと、要は、物価は上がるものだ、どんどん上がっちゃう、今はちょっと上がり過ぎていますので、どんどん上がっちゃって厳しいというのは、そこまで行くのは問題外ですけれども、しかし、ゆるゆると二%ぐらい物価は上がるものだ、それはどこの国でも普通の時期はそういうものなんだということの認識というのが、ようやく生まれてきたということであります。
実は、三十年間というのは、基本的には日本の消費者のインフレ予想は低い、つまり、価格は据え置かれるものだというふうに強く信じていましたので、あるいは、企業に対しても、価格を上げる企業はけしからぬ企業だというふうに強く思っていましたので、なかなか企業も値上げに踏み切れなかった、こういういびつな構造があったわけであります。
それが、二二年の春以降、インフレ予想というものが、価格は据え置かれるんじゃなくて、上がっていくのが、うれしくはないけれども仕方のないものだし、それがある種の標準なんだ、こういう当たり前へと人々の発想が切り替わっていったというのが非常に大きいかというふうに思います。
私ども、毎年、アンケート調査をして、それが今四ページ目に書いてございますけれども、詳しく申し上げませんけれども、一四年、一五年のアベノミクスの初期というのは、多少そういう意味でのインフレ予想の上昇というのがありましたけれども、しかし、今回起きているものと比べると、やはりそこは桁違いと言っていいぐらいにインパクトが違うわけであります。
今回のインフレ予想の上昇というのは、ちょっとしゃくに障る話ではありますけれども、やはりウクライナの戦争とか、あるいはパンデミックというような、そういう外的な事情に触発されている部分が非常に大きいわけですので、言ってみれば、ここでその話をするのが適当かどうか知りませんけれども、プーチンの方が安倍総理よりもずっと、物価を動かす、賃金を動かす力というのが大きかったということなんだろうというふうに思います。
いずれにしても、そういう外的な力に支えられて日本の好循環が起きているということでございます。
二点目の違いは賃金であります。ここは今回の委員会のポイントかと思います。
五ページ目を御覧ください。これは、緑の棒で描いたのが毎年の春闘の賃上げですけれども、一四年、一五年の辺りのところの棒グラフを見ていただきますと、少し上がってきている。これが実は官製春闘と言われたあの時期であります。少し上がっているので、私もようやく賃金が上がり始めたかと当時思いましたけれども、しかし、今回の二三年、二四年、それから今二五年の春闘をやっていますけれども、そこでの賃上げというのは五%を超えるような賃上げになっているわけですので、官製春闘の時期とはここもやはり桁違いになっているわけであります。
連合とか組合の方々に、当時、政権側から官製春闘という形で様々なサポートがあったにもかかわらず、なぜ高い賃上げができなかったのかということを伺いますと、答えは非常に明確でありまして、要は、人手不足というものが当時はなかったんだというお答えなわけです。今は当然のことながら人手不足が非常に深刻なわけです。
当時は、もちろん人口減少という問題はその頃でも起きていたわけでありますけれども、一方で、安倍内閣のアベノミクスのもう一つの柱は、いわゆる女性とかあるいはシニアの方とか、そういう労働市場に余り当時参加していなかった人たちに参加していただこう、制度を変えるなりなんなりして参加していただこう、それによって労働供給を増やそうということを行ったわけであります。その施策はそれなりに機能したというふうに見ておりますので、その結果として、余り労働の需給の逼迫、人手不足というものは、当時は深刻にならなかった。そういう中で、やはり連合等々についても、それほど強気の春闘ということにはならなかったというのが、どうもその当時の事情のようであります。
それに比べて、今回は、女性それからシニアの方も随分と労働市場への参加率が上がってきておりますので、ある意味でこれ以上上げることができないぐらいまで上がってきております。欧米と比べても、例えば女性なんかについては参加率が十分高いというふうに言っていいと思いますので、そういうふうに、新しい労働者の供給というものがそれほど得られないという中で起きている人手不足でございますので、そこで労働組合としても比較的大胆に賃上げを要求できる、これが今回の賃上げの高さになっているのかなというふうに思います。
二つ目は、この春闘での賃上げというのがアベノミクスの時期との大きな違いでございます。
将来を考えますと、賃上げについては、恐らく人手不足というのは、もちろんそれ自体も直さなきゃいけない大きな社会課題でありますので、そこは様々な形で中長期の取組ということを先生方はお考えなんだというふうには理解しておりますけれども、しかし、短期的には、それはそう簡単には解決しないだろうと。となれば、人手不足の中での春闘の高めの賃上げというのが持続するのではないかというふうに私は見ております。なので、この二点目の違いについては、比較的楽観視していいのかなというふうに思います。
他方で、最初に申し上げた、物価は上がるんだ、あるいはそれに付随して賃金もしっかり上がるんだ、こういう認識についてはまだまだ不十分かなと。物価が上がる方については、随分上がってきていますので、もうこれ以上上げるなという話になっていますけれども、同時に、しかし、賃金も上がらなきゃいけないし、今回のこの予算の中でもその手の取組は起きていますけれども、しかし、自分の賃金はしっかりこれから上がるんだというふうに自信を持って言える方というのは、まだまだ少ないというふうに思います。
そういう意味では、物価の方の予想は上がっちゃっていますけれども、賃金の方の予想というのが追いついていない状況かというふうに思います。ここを直していかないと、賃金と物価の好循環という意味での、それの持続性というのはやはり厳しいんじゃないかなというふうに思っております。ここも、そういう意味では、この予算、あるいは予算を超えて、様々な先生方の取組というのが必要になる部分かなというふうに思います。
じゃ、こういう正常化のプロセスの中で政府はどういう役割を果たすのかということを簡単に申し上げますと、実は一つ大事な前例というのがございます。日本で起きてきたこの慢性デフレという現象は非常に珍しくて、ほかの国には余り前例はないんですけれども、幸か不幸か、一つ前例があります。それはアメリカの大恐慌期であります。
六ページに、英語の資料で非常に恐縮ですけれども、当時は、ちょっと、デフレといっても、アメリカのデフレはもっと激しいデフレでしたので、価格ががんがん落ちるようなデフレでしたので日本と様相は違いますけれども、そこに対処しようとしてルーズベルト大統領が行った施策というのが非常に示唆に富むわけであります。
彼がやったことというのは、非常に単純に言いますと二つであります。
一つは、最低賃金というものを、当時アメリカにはそれはなかったんですけれども、導入するということがございました。要は、賃金が底なし沼のように落ちてしまうような状況があったわけですので、それを最低賃金で防ごうということを考えたわけであります。
もう一つは何かといいますと、独禁法、独占禁止法を、競争を制約するというのが法の趣旨でありますけれども、それを一時的に緩和をするということをしたわけであります。なので、やや語弊がありますけれども、カルテル的な、共謀的なことをある程度は認めるという、それによって価格が野方図に落ちる状況を防ぐ、こういうことをやったわけであります。つまり、独禁法と、それから最賃であります。
私は、今の政府が、あるいは今回の予算の中でも入っていますけれども、やっていることは、基本的にこのラインに乗っているんじゃないかというふうに思います。最賃については私が申し上げるまでもありませんし、既に上げてきています。それから、岸田政権、それから現在の石破政権の下で、将来の最賃も上げていくということがうたわれておりますので、まさにその最賃の重要性というものを、当時のルーズベルトと同じように認識されているのかなというふうに思います。
独禁法については、もちろんそんなことを日本でやっていることはありませんけれども、私は、かなり近いなと思うのは下請法であります。これも公正取引委員会がやっているものですので、独禁法に近いわけでありますけれども、ここは、ですので、中小企業、下請企業と親企業との間の取引がアンフェアだったりとか、価格もアンフェアになっている、ここの部分を何とかしてゆがみを直していこう、そうすると中小企業でも賃上げがしやすくなるんじゃないか、こういうことが狙いなわけですけれども、ですので、ここも、ある意味では、独禁法をいじったルーズベルトと似た面があるのかなというふうに思います。
別に、政権の先生方がこういうルーズベルトの事情を調べてこういうことになったというふうには理解しておりませんけれども、恐らく、いろいろな手だてを尽くす中で、最終的にそこに脈がありそうだということで、独禁法と下請法というところがターゲットになっているのかというふうに思います。私は、ですので、そこは必然性があるというふうに思いますし、今回の予算措置の中でも、そこに力点を置かれているということについては、非常に大事なことかというふうに思います。
ちょっと時間もなくなってしまいましたので飛ばしますが、九ページのところを御覧ください。
今日は、賃金、物価、金利の正常化ということをるる申し上げておりますけれども、私は、この正常化には二つのステージがあるというふうに考えてございます。
第一ステージというのが、二二年春から、三年前から始まって今現在まで、ここが第一ステージかというふうに思います。このステージでは、今申し上げているような賃金という名目の変数とか、あるいは物価、あるいは金利という名目の変数、そういう名目の変数が元々変だったわけですけれども、それが直ってくる、こういうプロセスだということでございます。第一ステージ、完全に終わったわけではありませんけれども、今までのところは、それなりに順調に来ているのかなというふうに思います。
じゃ、この先何があるのかと。賃金が上がるようになりました、物価も同じように上がっています、何がうれしいのかということなわけです。私は、この第二ステージがそういう意味では大事だというふうに思っていまして、今後、例えば十年程度、あるいはもしかしたら、それ以上の時期にわたって起こる事柄だというふうに思っております。どういうことが言いたいかというと、ここに価格メカニズムという、ちょっと専門用語ですが、を赤く書いてございますけれども、これであります。
今までの三十年間の日本経済というのは、価格と賃金が動かなかったわけですので、いわゆる価格メカニズムというのが十全に機能してこなかったわけであります。
例えば、ちょっと立派な社長さんがいて、いい設備を入れたりとかアイデアをつくって、それで生産性を上昇させたということをしたとしましょう。通常であれば、健全な経済であれば、その企業では賃金がしっかり上がって、そうすると、その周囲の余り芳しくない企業から人が移っていってという形で、その社長さんを中心にして生産性の上昇という輪が広がっていく。これが健全なメカニズム、あるいは価格メカニズムの健全な姿であります。
ところが、日本は、価格が賃金も含めて上がらなかったわけで、据え置かれたわけですので、そういうふうにイノベーションが起きた企業でも賃金は変わらないわけですので、今申し上げたような人の移動ということも起きなかったわけであります。そうなると、経済全体での生産性の上昇というのも、御案内のように振るわなかったわけであります。
これが、今後は賃金が上がるようになる、それから、特に経営のしっかりしている企業での賃金はよりたくさん上がる、そこに人がシフトしていく、こういうことが起きる、あるいは起き始めているというふうに思いますので、そういう意味では、生産性の上昇というところについても大きな期待が持てるのではないかというふうに思っております。
海外の方にこういうことをお話しをするときに一番分かりやすいのは、日本は実は旧ソ連と一緒だったんだと。旧ソ連というのは、価格メカニズムというのが、御案内のように価格がそもそもなかったわけですので、そういうものがなかったわけで、それが失敗の大きな要因だったわけであります。あるいは、中国もかつてはそうだったわけであります。
ところが、日本も、もちろん価格はありましたし、賃金もありますけれども、動かないわけですので、そうすると、価格メカニズムも何もなかったわけであります。それがようやくメカニズムとして機能し始めているというのは、私から見ると非常に大きな期待感を抱かせるものであります。
ですので、この第二ステージというのは、単に価格や賃金が上がるというだけでなくて、生産性という意味での日本のダイナミズムというのも取り戻せるんじゃないかというふうに期待しているところでございます。
第二ステージの二点目は、ちょっと時間がないので手短になりますけれども、これは財政であります。ここは予算委員会ですので、財政が一番大事かと思います。
十四ページのところを御覧いただければというふうに思います。今起きていることは、元々ゼロ%、賃金も物価も上がらないというゼロ%のインフレの状況から、二%の物価の上昇、あるいは二%プラスアルファの賃金の上昇という、そういう経済に移行しようとしているわけであります。二%というのは別に大したインフレじゃないですけれども、それでもインフレが起きるというのは間違いないわけであります。
じゃ、インフレが起きたときに誰がどうなるのかというのを私も授業とかでいろいろ教えますけれども、古今東西、必ず言えることというのは、債務者が得をして債権者が損をするということでございます。じゃ、日本の中で一番の債務者はどなたですかと聞くと、間違いなく、いわゆる政府であります。なので、実は、インフレが起きるように、ゼロ%から二%になるということは、債務者たる政府にとっても大きなメリットがあるわけであります。先ほど、生産性云々で民間の経済に大きなメリットがあるという話を申し上げましたけれども、政府にとっても、財政の視点でも、実は二%のインフレというのは、単独で見ても意味があるわけであります。
どういう意味かといいますと、先ほどの河村先生のお話にもありましたけれども、そうやってインフレが起こることによって政府の名目の債務というのが多少減るということになるからであります。私の試算によりますと、政府は今現状で千百兆円、国債を発行しておりますけれども、そのうちの百八十兆円が消える、この二%に移行することによって消えるということでございます。
ここでその話を申し上げているのは、百八十兆円、どうぞ使ってくださいというふうに申し上げているつもりでは全くありません。百八十兆減るといっても、元々千百兆ありますので、あるいは先ほどの河村先生のお話でも、いろいろなリスクがありますので、そこはそんなふうに喜んでいる場合じゃないわけであります。まだまだ九百兆程度のものは残りますので、そこへの手だてということは着々と行っていかなきゃいけないということでございます。
ただ、申し上げたいのは、今回のように歳入が増えている、それによって百八十兆の一部が既にもう得られているわけですけれども、なので、非常に財政が厳しい中でも、得られる歳入の増加、あるいは百八十兆円というものが存在するわけですので、それは是非大事に大事に使っていただきたい。例えば、それはやはり国債を返還するのに回した方がいいんだというのであれば、それももちろん一つのアイデアでしょうし、あるいは、防衛とかそういうところが大事なんだからそこに使うべきだというのも一つのアイデアでしょうけれども、そういうふうにお金を大きく動かすチャンスというのが百八十兆円分についてはあるんだというのが、私の申し上げたいポイントでございます。
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