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伊藤俊幸 ·金沢工業大学大学院教授

参議院内閣委員会(2026-07-14)での発言

第221回国会 ·第第19号号 ·4,393字
○参考人(伊藤俊幸君) 本日は、意見を申し述べる機会を賜り、心から御礼申し上げます。  私は、海上自衛隊に四十年奉職し、十年前からは大学院にてリスクマネジメントあるいは危機管理というものを専門として、教育、研究をしております。  本日は、憲法学が御専門のお二人の参考人とは異なる、安全保障とリスクマネジメントの観点から意見を申し上げます。  まず、結論を申し上げます。私は、本法案の基本的な方向性を支持いたします。  以下、七点申し上げます。  まず第一点、まずその前に、私が本法案を支持する理由は、これが、自由民主主義社会において表現の自由と社会として認めない行為、この境目を民主的立法によって明確にする制度、これになっているという観点からです。  本年四月、私は産経新聞「正論」欄で、国旗損壊罪は、表現の自由の問題ではなく制度設計の問題であると論じました。その考え方は今でも変わっておりません。  まず、七点のうち、第一点から申し上げます。  まず、第一点。問われているのは境目、すなわち境界のことだということです。  本法案には、表現の自由を侵害する、立法事実がない、保護法益が曖昧だといった批判があります。しかし、本来問われるべきは、表現の自由を守るか否かではありません。自由民主主義とは、自由を無制限に認める制度ではなく、国民の代表たる皆様の民主的手続によって、どこまでを自由として保障し、どこからを社会として許容しないか、この境目を決めることにあると私は思っております。そして、この法案は、その境目を民主的に固定するための立法であると考えております。  第二点。第二としては、憲法解釈と立法政策の関係について私の立場を申し上げます。  私は自衛官でしたが、ほぼ半分は中央勤務による行政官を行っておりましたので、立法政策に実際に携わっておりました。その観点からしますと、この法案の違憲の疑い云々の話につきましては、私以外のお二人の参考人の御意見を十分、そこにお任せしたいと思います。  その上で、私は二点申し上げたいと思います。  まず、第一点は、憲法第二十一条も、表現の一切への規制、これを禁じているわけではないということです。例えば、名誉毀損罪も公然わいせつ罪も合憲として長く機能しています。判例上、最も厳しく禁じられるのは、特定の思想や見解を狙い撃ちにする規制です。  この点、しばしば公共の福祉という言葉が使われますが、今回、私はこれを白紙委任の魔法の言葉として使うつもりは全くありません。そうではなくて、通説のとおり、この公共の福祉とは、人権を外から抑え込む原理ではなく、自由と自由の衝突、これを調整する内在的な原理であると思っております。  国旗を損壊して意思を表明する自由、国旗に多様な思いを抱く人々が対立をあおられることなく平穏に共存する利益、この調整点を具体的な事案に先立ち国民の代表である皆様が法律の形で定める、それこそ公共の福祉の民主的な具体化であって、私の申し上げている両者の境目の確定になるということです。  第二点は、我が国の違憲審査は司法が事後に判断する仕組みということです。すなわち、国会が合憲性に真摯に配慮した上で境界を定め、司法がそれを審査する、この往復こそが立憲主義の営みと私は理解しております。  つまり、違憲への疑いの対処は、法制化しない、断念するということだけではないということです。構成要件を絞り、内心に踏み込まず、運用を監視する、合憲、限定的な設計によって応じる、これもまた私は立法府の正当な営みだと思っております。  今回の議論で問われているのは、違憲か合憲かという司法の問いの前に、合憲の枠内でどこにどのような境界を引くかという立法政策上の問いであると私は認識しております。  第三に、本法案の構成要件は、この点から誠実に設計されているということです。  本法案は、人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為のみ、これを対象としています。そして、侮辱目的という内心の要件をあえて置かず、行為の外形と客観的事情、これで判断する構成になっています。  つまり、処罰の根拠は行為の態様にあって、主張の内容にはありません。何を訴えるかは完全に自由です。ただ、公然と国旗を損壊するという方法だけは選べない、このように定めている法律だと思います。日の丸に複雑な思いを持つ自由、批判する自由、掲揚しない自由は完全に残っております。報道、リポスト、制作物、あるいは私的な処分は対象外なのです。  第四に、比較法の現実です。  この問題では、アメリカだけが引用されがちです。確かに、一九八九年のテキサス対ジョンソン判決以来、政治的表現としての国旗焼却は憲法修正第一条によってアメリカでは保護されてきました。  しかし、二点申し上げます。  第一に、ドイツ、フランス、イタリアを始め、表現の自由を高い水準で保障しながらも、国家の象徴への公然の侮辱に対しては一定の刑事規制を置く自由民主主義国は多数あります。無論、英国やカナダのように自国国旗への規制を持たない国もあり、そこは国家の、各国の対応は一様ではないということです。  そして、私の論旨はまさにそこにあるということです。各国は、それぞれ歴史と社会に照らして、民主的立法によってそれぞれの境界を選んでいるということです。国旗損壊罪イコール権威主義という等式は、この現実の前では成り立ちません。  第二に、そのアメリカ自身が今動いているということです。  昨年八月、トランプ大統領は、国旗焼却の訴追に関する大統領令に署名し、既存法の下での最大限の訴追と修正案、修正第一条の例外を明確化する訴訟までを指示しました。国旗焼却が外国人の集団によるアメリカ人を威嚇するために計算された行為として利用されていると、安全保障上の文脈も明記されています。  しかし、ここで誤解ないように申し上げます。私はこの手法を礼賛しているのではありません。全く逆です。そうではなくて、確立した判例の下にある問題を行政命令で動かす手法はおかしいと思っております。実際、米国内でも強い批判があります。  申し上げたいのは、国旗をめぐる自由の境界が、これまで最も広く保護してきたアメリカにおいてすら決着済みではなく、また今再び争われているという事実です。そして、国会の審議と立法によって確定しようとしているこの今の、ここで行われている手続の正当性においては、本日のこの審議の方がはるかに民主的であると私は考えております。  第五に、現行法の空白と刑法九十二条について申し上げます。  他人の所有する国旗の損壊は器物損壊罪などで問うことができます。これは皆さん御承知のとおりです。ただ一方で、現行法の空白は自己所有の国旗を公然と損壊する行為、ここが完全な空白になっております。自分のものである一枚の布なら自由ではないかという意見もありますが、この公然という言葉が重要なんですね。例えば、公然わいせつ罪は、自分の体という最も固有のものへの行為であっても、公然に行えば社会の秩序を害するとして処罰されるものです。そして、刑法九十二条では、外国国章損壊罪が既に定められています。  つまり、我が国の法体系は、象徴の損壊への刑罰と表現の自由の両立を既に受け入れているということなのですね。同条の保護法益は外交関係にあって、今回とは異なるという御指摘は承知しております。しかし、象徴への公然の攻撃が、それをめぐる関係性の平穏、これを害するという構造は同じ形ではないかと思います。外国との平穏は法で、刑法で守るに値するが、自国社会の平穏は刑法で守るに値しないというような考え方は、私はバランスを欠くものではないかと考えます。  第六に、安全保障の視点です。元海将として申し上げます。  現代では、SNSを通じて相手国社会の分断をあおり、国民の相互不信、これを増幅させる認知戦、影響力工作が平素から行われています。これは防衛白書にも公式に指摘されている事案です。国旗を公然と損壊する画像、映像がこの認知戦において極めて有効な弾薬となるんですね。一枚の布の物理的損壊は数百円でしょう。でも、この映像は数時間で数百万人に届き、日本人同士を争わさせるための燃料になり得ます。行為の物理的破壊と社会的影響がかつてなく乖離した時代になったということです。この行為に境界を引く必要が今生じたということです。  ただ、これも一つ明確にしておきます。私は、安全保障を理由にして規制をせよと申し上げているのではありません。規制の当否を判断されるこの国会において、軍事の実務を知る者として一つの判断材料を提供している、これにほかならないということです。お決めになるのは国民の代表たる皆様です。知見を国民の代表たる皆さんに提供し、判断を委ねる、これが文民統制の正しい姿であると私は信じております。  そして、最後ですね、第七に、保護法益と立法事実について申し上げます。  提案者は、保護法益を国旗を大切に思う国民感情と説明し、衆議院では、礼拝所不敬罪や公然わいせつ罪と同じく、社会的に共有された感情を保護する社会的法益の罪であると整理されました。私はこの整理を支持し、その上で、更に一歩の明確化を提案します。すなわち、守られるべきは、移ろいやすい個々人の感情ではなく、国旗への多様な思い、多様な感情を抱く国民が対立を増幅されずに共存する社会の平穏、このためにあるというふうに解釈しております。ここを明確にすることで、感情は主観的で曖昧だという批判には正面から応えることができるのだと思います。まさに、公共の平穏ですね、そちらとの問題だということです。  また、事件が少ないから立法事実がないという議論にも賛成できません。立法事実とは、件数だけではなく、行為が社会に及ぼす影響の大きさも勘案して評価されるべきものです。発生がまれでも、一たび起こればこれが影響が甚大であると、これは、SNS時代にはこれが瞬間かつ構造的に増幅されます。だからこそ、これまで以上に事前に境界を明示すること、これは国家のリスクマネジメントとして当然の要請なのです。  今回、全国二十の地方議員が本院に意見書を寄せていることも、この問題が放置できないとする国民の不安の声の表れと受け止めるべきでしょう。防災に例えるならば、まだ決壊していないから堤防は不要と誰も言わないはずです。  以上で私の意見陳述を終わります。御清聴ありがとうございました。

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