○参考人(有馬純君) ありがとうございます。
私の方からは、脱炭素とエネルギー安全保障の関わりということについてお話をしたいと思います。(資料映写)
まず、国際的にどういう議論が行われてきたかということなんですが、二〇一五年にパリ協定が採択をされて以降、エネルギーをめぐる国際的な議論というのは脱炭素に非常に大きく傾斜をいたしました。特に、二〇二一年のCOP26、グラスゴーの気候合意でパリ協定の中でも最も厳しい一・五度目標というものがデファクトスタンダードになり、そのためには二〇五〇年カーボンニュートラルにならなきゃいけないという議論が国際的な議論の主流になりました。
IEA、国際エネルギー機関というのは元々エネルギー安全保障をミッションとして設立されたものなんですが、こちらも脱炭素に非常に大きくかじを切りまして、毎年出している世界エネルギー見通し、ワールド・エナジー・アウトルックの中でも、二〇五〇年にネットゼロを達成するという目標を所与の前提としたネットゼロ・エミッション・シナリオ、NZEを事実上推奨するということをしております。
それで、こういった前提に立つと、石油、ガスの新規投資というのは、二〇五〇年にカーボンニュートラルが実現するのであれば、化石燃料の需要は当然減るはずだから、もう新たな投資は要らないという議論になってくるわけなんですね。これまで、IEAは、今後の石油、ガスの需要のことを考えると、今のような投資レベルでは将来需給逼迫が生ずる可能性があるということで警鐘を鳴らしてきたわけなんですけれども、ネットゼロの方に非常に大きくかじを切ったIEAは、これまでと全く逆のことを言い出したということでございます。それに伴って、だからもう石油、ガスの投資はやるべきではないというような議論が国際的に広がって、実際、金融機関においても、化石燃料セクターに対する融資が渋るということにつながっていったわけでございます。
ところが、これは世界の現実から見ると相当乖離があるわけでございまして、二〇〇〇年から二〇二四年まで見てみますと、確かに再生可能エネルギーは伸びているということではありますが、石油も石炭も天然ガスの需要も全部伸びているということでございます。これは、当然ながら、世界の成長を引っ張っている新興国あるいは途上国においてはまだまだ化石燃料の需要が大きいということを示すものであります。先進国の世界のエネルギー需要に占めるシェアというのは、右側のグラフにありますように年々下がってきているという状況でございます。
それに伴いまして、一・五度目標ということを達成しようと思うと、こちらのグラフであるとこの紫色にあるような、世界の排出量がもう一本調子でどんどん下がるということになっていなければならないのに、現実の排出量はむしろ増えているということであります。ちなみに、二〇二〇年に下がっているのは、これはコロナの影響ということでございます。そう考えてみると、やっぱり現実にはNZEシナリオとは大きく乖離をしているということでございます。
それに加えて、二〇二二年のウクライナ戦争以降、エネルギーの安定的で低廉な供給と、いわゆるエネルギー安全保障の重要性というものが各国の間で再認識をされまして、多くの国においてエネルギー安全保障がもうエネルギー政策の中心軸だというふうに認識されるようになりました。
ただ、エネルギー安全保障に関するその考え方がやっぱり欧州とアメリカでは大きく違うということでありまして、欧州は、再エネ、省エネをすることと、それから脱ロシア、脱化石燃料をすること、これがエネルギー安全保障の強化につながり、いわゆるエネルギートランジションを進めると。グリーンエネルギートランジションを進めればエネルギー安全保障は強化されるのであると、これが欧州の考え方であります。他方、アメリカのトランプ政権の考え方というのは、アメリカ自身が非常に潤沢な資源を持っているということもありまして、国内の化石燃料生産を最大にするということがいいんだと。さらに、世界全体で見ると、AIその他でエネルギー需要、特に電力需要がどんどん増えていくと。したがって、エネルギートランジションよりも、むしろエネルギーの追加、エネルギーアディションこそが課題であって、それにどうやって対応するかということが課題なんだと。
そういう観点で見ると、IEAの脱炭素志向というのは本来のミッションから大きく逸脱しているということで、IEA批判が非常に強まったわけでございます。それを反映して、一番直近の昨年のワールド・エナジー・アウトルックの二〇二五年を見ますと、現在の政策がそのまま続いた場合、このグラフの一番上ですね、CPSと書いてありますが、そういった場合はむしろ温室効果ガスは減らない、むしろ化石燃料の需要は増えていくというシナリオが新たに加わり、それから、NZEというのは引き続き設定はされてはおりますけれども、この報告書の中では、専らこのCPS、現行政策シナリオと、それから各国の今やっている政策と今後の展開を反映したSTEPSという、この二つのシナリオを中心に議論が展開されるというふうになってきております。
こういった、そのSTEPSあるいはCPSの観点から見ると、この石油、ガスの投資の必要性のストーリーも全く変わってくるということでございます。
この赤い線がCPS、それから青い線がSTEPS。それから、この緑色の部分というのが、濃い緑色が、現在の石油ガス田をそのまま放っておくと自然にどんどん生産が落ちていくと。それを維持するために投資が必要だということで、それによってある程度の生産は維持することができるんだけれども、それでもやっぱり減っていくと。そうすると、このCPSあるいはSTEPSと比べると、将来の需要を満たすに現在の石油ガス田への投資だけでは全然足りないということになるわけであって、新規の石油、ガス投資が必要だということになってくるわけでございます。まさにIEAの最新の世界エネルギー見通しにはそういうことが書いてあると。その前年まで、NZE二〇五〇の下では石油、ガスの新規上流投資が不要であるということを言っていたのと非常に大きな差があるということでございます。
IEAの昨年のエネルギー見通しの主要メッセージということでいうと、やはりエネルギー安全保障というものが前面に出ていると。特に、差し迫った脅威と長期的な危険がエネルギーを経済、国家安全保障の中核的な課題に押し上げているということを言っております。
それで、今読んでみるとむしろ笑ってしまうんですが、地政学的な脆弱性と低調な原油価格が共存しておりますということを言っているんですが、当然ながら、これは今のイラン情勢の前に出たものでございますので、もうこれどころではないという状態になっているということと、それから、やはりそのエネルギー安全保障の問題というのが非常に多層化しているということでありまして、今、加藤先生からお話がありましたように、石油、ガスだけではなくて重要鉱物のサプライチェーンの脆弱性というものも顕在化しているということがございますし、それから、これからエネルギーが電化をしていくということになってくると、そのサイバー攻撃あるいは重要インフラに対する攻撃というものに対する耐性というものも非常に大事になってくると。新たな送電網、蓄電設備、電力システムの柔軟性というものをどうやって確保するかという総合的なエネルギー安全保障が求められるようになってきているということであって、一番下の行に書いてありますが、差し迫ったエネルギー安全保障の課題が最優先事項であって、一九七三年、まさに第一次石油危機を契機につくられたそのIEAを創設した際の同じ精神と集中力が必要なんではないかというふうに締めくくられています。
この報告書が出た時点では今日の中東情勢というものは想定されていなかったというか、こういう形で戦端が開かれるとは予想していなかったわけですけれども、それがまさに現実のものとなった。ここにあるメッセージというのはよりリレバンスを増しているということかと思います。
加えて、非常に物事を難しくしているのは、じゃ、その化石燃料への依存を下げる、それによってエネルギー安全保障を高める、クリーンエネルギーを導入すれば、じゃ、エネルギー安全保障が高まるのかというと、先ほど加藤先生からお話があった重要鉱物の供給安全保障問題というものがあって、NZEにあるような形で世界を脱炭素化していくと、コバルト、リチウム、ニッケル、レアアース、それぞれもう四倍から甚だしい場合には十倍以上の需要拡大というものになっていく。しかも、そのサプライチェーンの相当部分は中国に握られているという問題があるわけでございます。中東の石油依存、それからガスのロシア依存が問題であるのと同様に、レアアースあるいは重要鉱物の中国依存というものが新たな経済安全保障上の問題になってくると。だからこそ、今、加藤先生からプレゼンがあったような、どうやってその安全保障問題に対処していくかということが大きな課題になってくるわけでございます。
翻って、日本の状況を考えますと、日本は昨年の二月に、パリ協定に基づきまして、二〇三五年、二〇四〇年の新たな国別目標というものを提出をいたしました。二〇一三年比で二〇三五年までに六〇%減、二〇四〇年までに七三%減という目標を出しております。
ただ、非常に難しいのは、以前と違いまして、電力需要が前はこれからだんだん減っていくだろうというふうに考えていたわけなんですけれども、AI、あるいは半導体工場その他によって電力需要はむしろ減るどころか増えていくということが考えられる。しかも、その新たな電源というものが何でもいいわけではなくて、やはり脱炭素電源というものによって対応しなければならないということになってくるわけでございます。
というのは、データセンターその他の設置者になりますGAFAのようなところは脱炭素電源というものに対するこだわりが非常に強いということがありますので、とにかく増える電力需要に対して脱炭素電源が必要だと。そういう難しい状況の中で、昨年、第七次エネルギー基本計画というものができたわけでございます。
いろんな要素がありますが、私自身は、この第七次エネルギー基本計画の中で最も重要なことというのは、DX、GXの進展によって電力需要が非常に増えてくると、そういう中で脱炭素電源が必要なので、再エネと原子力を共に最大限活用するという方針を打ち出したことでございます。
本日、まさに福島、東日本大震災の日に当たるわけですけれども、それ以降、やはり原子力依存を可能な限り低減するという文言がずっとエネルギー基本計画の中に残り続けてきたということなんですが、日本のように、国内に資源を有さず、周辺国ともグリッドで結ばれていない、そういった国において、持っている手段である原子力を手放すということは極めて合理性を欠くというふうに私自身は考えております。そういう観点からしますと、再エネと原子力を共に最大限活用するという、ある意味で当たり前な結論というものがようやくエネルギー基本計画の中に盛り込まれたということは、私は高く評価をしたいというふうに思います。
それから、その観点で、火力発電につきましても、この時点ではLNGの長期契約確保、それから水素、アンモニア、CCSによる脱炭素化というものが含まれておりますけれども、今のこの状態を考えると、場合によると石炭火力についてもその位置付けを見直すということが必要になってくるかもしれないなというふうに思っております。
それから、エネルギー基本計画の表裏の問題として、エネルギーの長期需給見通しというものも出ておりますが、このポツの下から二番目でございますけれども、二〇四〇年に七〇%削減するという日本の目標と整合的なシナリオというものが出されております。いずれも再エネ、水素、それからCCSその他の技術がコストが下がって導入が進むという前提に立ったものでありますけれども、加えて、こういったクリーンエネルギー技術のコスト低下が十分に進まない、導入拡大が進まないケースというのもケースとして設けられております。
この場合はLNGによってエネルギーの安定供給を確保するシナリオも策定するということでありまして、そのシナリオというのがこちらの五つのシナリオということで、①から④は、ある意味、七〇%目標というものが達成される、結論先にありきのシナリオということですが、五番目は、そういった希望的な前提というものを置かないで、物事がうまくいかなかった場合、リスクシナリオとして設定をされているということでありまして、そうなると、こちらにありますように、五番目のシナリオでは二〇四〇年の目標というものがなかなか達成できない、五十数%の削減にとどまるといったようなシナリオが出ております。
これ、どんなにお金を掛けてでも七〇%目標を達成すべきだという議論はあるかもしれませんが、それをやると、恐らく日本の経済には非常に大きな負担が掛かると。というのは、日本は、家庭用電力料金という点で見ても、それから産業用電力料金という点で見ても、日本が非常に貿易関係の高い、アジア太平洋地域の中で最も高いのが日本でございます。その中で脱炭素を進めるために更に電力料金がどんどん上がるということになると、恐らく日本の製造業は日本の国内で操業できなくなってくると、産業空洞化が進んでしまうということになるわけであります。
ですから、こういった場合は、やはりLNGを調達してでもエネルギー安定供給と低廉なエネルギー供給の両立を図るというような形になるというのがエネルギー基本計画の考え方だと思いますし、状況いかんによっては、もしガスが高いということになった場合には短中期的に石炭に頼るというふうな事態も考えられるかもしれません。
これ、私の最後のスライドでございますけれども、やはり世界全体として見ますと、いっときの脱炭素、私あえてイデオロギーというふうに呼びますが、イデオロギー的なエネルギー転換論から、やはりエネルギー安全保障、それからエネルギー価格の手頃さ、これアフォーダビリティーと言っておりますけれども、を重視するプラグマティズムの世界にだんだん変わってきているということかと思います。
ただ、さはさりながら、トランプ政権は、もうパリ協定離脱をすると、あるいは気候変動というのは、これは今世紀最大の詐欺だというようなことをおっしゃっているわけですけれども、私自身は、やっぱり大きな方向性として、低炭素化、脱炭素化というのは変わらないというふうに考えております。したがって、日本は脱炭素至上主義に陥ってもいけないし、かといって脱炭素化の完全否定というような極端にも陥ってはならないと、ミドルロードを歩むべきであるというふうに考えております。
原発と再エネを両方最大限利用するという方針が打ち出されたことは大きな前進だと思いますが、ただ、原発を本当に新設しようと思ったら、高橋先生がおっしゃったようになかなか容易ではないわけであって、いろいろな政策的な措置も必要になってくるでしょうし、安全規制の合理化あるいは原子力賠償の無限責任の見直しなど、事業環境の整備をしていかないと、なかなか今の自由化された市場の下で新規の原発投資なんてものは進まない、政府による相当程度の決意というものが必要になってくるだろうと思います。
また、複数シナリオを設定したと、その中で温暖化目標が達成できないシナリオも一応入っているということは、どんなことがあっても温暖化防止を最優先するということではなくて、やはりコストいかんによってはエネルギー安定供給がやっぱり最優先ですねという極めて常識的なラインが出されたということだと思っておりまして、これはウクライナ戦争前の脱炭素至上主義的な考え方の下ではなかなか出てこなかった考え方だと思いますし、現下のエネルギー危機というものは更にそういった方向性に拍車を掛けるんじゃないかと私は思います。
やはり、脱炭素政策を進める上で一番注意しなきゃならないのはやっぱりコストへの目配りということであって、日本にとって非常に大事な製造業、これを失うということになってはならない。したがって、脱炭素政策は進めつつも、そっちの値札というものは常にチェックをしていくということが大事であって、他国との負担の公平性というものを考えていかなければならないと思います。
最後になりましたが、再エネ、EVの拡大というのは化石燃料依存を低下させると。その限りにおいてエネルギー安全保障に貢献するところではありますが、他方で、これ対中依存が高いと、したがって対中依存を下げようということになってくると、クリーンエネルギー転換のコストが上昇してくるということにもなります。さっきも言いましたように、コストとアフォーダビリティーというのは多くの国にとってやっぱり死活的に重要になってきているということだと思いますので、エネルギー価格を犠牲にした政策というのは政治的、社会的、経済的にやはりサステナブルではないのではないかというふうに考えている次第でございます。
私からのプレゼンは以上とさせていただきます。どうもありがとうございます。
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