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吉良州司 ·有志の会

衆議院外務委員会(2024-05-31)での発言

第213回国会 ·第第13号号 ·2,761字
○吉良委員 有志の会、吉良州司です。  今日は、前回の質問で自分的には積み残してしまった一九九六年十二月のペルー大使公邸占拠事件について、前回の質問時の上川大臣の答弁については、非常に納得性の高い答弁をいただいて、そこに対しては敬意を表しておりますけれども、日本外交、そして外務省、在外公館を縁の下で支えている民間企業をもっと理解し、大事にしてもらいたい、そういう思いを同事件の実話を例示しながら外務省に要望したいと思っています。  なぜそのような要望をするかというと、前回も申し上げましたけれども、上川大臣は、国民の理解と支持を得ながら外交を進めていくということをおっしゃっています。でも、海外においては、実は、現地現場では、民間企業であったり国際機関の職員であったり、そういう人たちが現地に深く入り込んで直接間接に日本外交を支えている。  この外務委員会の中でも、立憲の鈴木庸介さんだとか、青柳仁士さんだとか、それぞれ海外での経験を踏まえて非常にすばらしい質問、提言をしていると思っていますので、そのことについては上川大臣も外務省の方々も皆さん理解していただいていると思っています。  ペルーの占拠事件では、結果的には、あれだけの人質が、しかも百二十二日間だと思いますけれども人質になっていて、最後は突撃、それも地下から爆破して突撃して、武力解放というのは台湾ではありませんけれども、そういう突撃という形態を取ったわけです。残念ながらペルー側の方が二人亡くなられましたけれども、日本人の犠牲者、命的には犠牲者は一人も出なかった。  もしあのときに日本人の人質がどなたか犠牲になっていたならば、外務省は相当な批判を受けたと思っています。そういう意味で、一人も犠牲者を出さなかったことについて、私は、民間企業の方々の英知が結集した結果だと思っています。  私は当時、ニューヨークに駐在していて、ペルーにも多くのプロジェクトを抱えていたので、そしてまた現実的な契約交渉をやるような話があったので、それこそ月に一回ぐらいのペースでペルーに赴いていました。それは事件後もそうです。ですから、事件後は、この前も言いました、十日間人質になっていた私の大親友と、突撃まで人質になっていた先輩から詳細な話をペルーに出張するたびに聞いておりました。  先ほど言いました実話的な例示といいますと、最初に、十二月十七日に犯行グループが襲撃したときには、もしその犯行グループが当時最も過激なゲリラグループであったセンデロ・ルミノソという組織であったならば、自分たちは生きてこの場を出られないだろうと思ったそうです。ただ、実際には、犯行グループはトゥパク・アマル。センデロ・ルミノソに比べれば比較的そこまでの過激度はないというグループだったので、これはうまくやれば生き延びられるかもしれないと思ったそうです。  ただし、同時に、当時ペルーにいた人たちはアルベルト・フジモリ大統領を皆さん尊敬していました。私も尊敬していました。どういう大統領でどういう性格の人か皆さんよく知っていましたので、人質になった日本人の駐在員たちは、アルベルト・フジモリは必ず突撃、解放を試みる、安易に犯行グループと妥協はしない、したがって、自分たちは突撃まで生き延びなきゃいけないし、突撃を生き延びなければならない、そういうある意味では悲壮な思いでそれから人質生活を送っていました。  私が尊敬する会社の大先輩の佐藤繁徳さんはむちゃくちゃスペイン語がうまかったので、すぐに犯行グループと仲よくなった。それは、世間で言われていたような、犯人側と人質が同じ釜の飯を食いながら長期間一緒に過ごすと情が移って親しくなってしまうというストックホルム症候群ということが言われていましたけれども、そんなことは全くない。佐藤さんが言っていたのは、いざ突撃のときまで含めて自分たちが生き延びるために、このグループと少なくともこちら側は表面的に親しくなる、向こうからは好意を持ってもらう、いざというときに備えたリスクマネジメントだと。  ちょっと言葉は選ばなければいけませんけれども、犯行グループも気の毒な面もあって、余りにも貧しいがゆえに教育を受ける機会も一切なく、ある程度の年頃になれば戦闘員として訓練され育てられる。ですから、正直、あのときに人質になっていた人たちは、ペルーの政財官、軍、ペルーに駐在している民間企業のトップたち、そして、南米を中心にペルーに来ている大使館の人たちでありましたから、それはもう上層部。その人たちと今言った貧しいがゆえに教育も受けられなかった人とは正直言って会話が成り立たないと言っていました。  けれども、それでも相手に合わせながら、相手には好意を持ってもらうということを心がけて人質生活を送って、そして、一九九七年の四月二十二日、現地時間ですけれども、突撃があったときには、実際には、犯行グループの一人が、爆発してある意味では驚き、犯行グループも当然不安があったと思いますけれども、そういう中で日本人がいた部屋にだあっとドアを開けて入ってきて銃口を一度は人質たちに向けた。けれども、そのときに、今言った親しくしていた佐藤繁徳先輩が、名前は知らないですけれども、何々やめろ、出ていけ、こういうふうに言う中で、一度は向けた銃口を、くるっと背中を向けて部屋を出ていった。  その後は、聞いたこともあると思いますけれども、駐在員全員で大使公邸の二階の部屋をみんなで肩をぶつけて壁をぶち抜いて、そこから二階から降りた、そういう経緯があるわけです。  先ほど言いましたように、フジモリさんなら必ず突撃する、突撃の事態に、最悪の事態に備えなければいけない、そういうことで親密さをある意味装って、でも、それが実際に当日役立って日本人の犠牲者が出ることがなかった。これは本当に外務省を救った冷静な行動、勇敢な行動、そして深謀遠慮のある行動だったと私は思っています。  このように、外地、特に発展途上国では、現地に深く深く入り込んだ駐在員の情報が、それから人脈がある意味では在外公館、外務省そして外交を支えている、こういうことがあります。今言ったように、自分たちを救ったと同時に外務省を救ったと思っています。それがゆえに、今、外務省、在外公館が民間企業をないがしろにしているとか全く思っていないです、途上国に行けば行くほど仲はいいとは思っていますけれども、こういう実話を踏まえて、改めて外務省には、外地での民間企業、国際機関職員をとことん尊重して大事にしてほしい、こういう要望でありますけれども、上川大臣の所感、感想があれば一言お願いします。

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