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大橋弘 ·東京大学副学長・大学院経済学研究科教授

参議院経済産業委員会(2026-07-14)での発言

第221回国会 ·第第13号号 ·5,771字
○参考人(大橋弘君) それでは、着座にてやらせていただきます。  おはようございます。御紹介いただきました大橋弘と申します。経済を専門としております。本法律案との関わりですが、総合資源エネルギー調査会基本政策分科会などの会議体に参加をさせていただいております。  本日は、本法案に関連して、電力システム改革後における我が国の供給力確保の在り方などについて意見述べさせていただければと思います。  我が国を取り巻く資源エネルギーにおいて、三つの外生的な環境変化があります。一つは、イラン情勢を始め、地政学的なリスクの高まりです。  二つ目は、それに伴う脱炭素化への必要性です。脱炭素化のペースを見直す意見もありましたが、我が国においては、輸入燃料の依存を減らし、エネルギー安全保障を強化するという観点から、国内で活用できる脱炭素電源を着実に増やす必要があります。  第三は、将来的な需要増加です。データセンターなどの新増設や幅広い分野の電化など、電力需要が増加に転じると予想されています。特に、データセンターなどの大口需要は新たな発電所や送電網の整備を要します。こうした投資は時間掛かりますので、必要な供給力とネットワークへの投資を先行的かつ計画的に進めていく必要があります。こうした環境変化に対応するために、現行の電力システムに補完的な措置を講ずるのが本法案に示された内容と受け止めております。  我が国の電力システムは、東日本大震災後十年余りの間に、大胆な改革メニューの下に大きく変わりました。昨年度末には包括検証が行われ、報告書も出されたところです。  電力改革の成果を一言で表現するとすると、既存の電力設備を最大限利活用するために、戦後形成してきた制度を全面改定したということだと思います。それまでは地域ごとに大手電力会社に供給責任を担わせていたわけですが、その地域独占のシステムを廃し、自エリアに電力が足りなければ他エリアから融通するということで、電力市場を全国一律のシステムとしたということです。電力需給を地域ごとの部分最適から全国一律の全体最適へと移行させたとも言えます。経済効率性を突き詰めた改革だったわけです。  単価として申しますと、発電所にも発電単価が安いものとそうでない発電所があります。会社として経済性を考えますと、単価の安い発電所から発電します。震災前までは、例えばここ東京エリアですと、東京電力管轄内にある発電所で単価の安い発電機から優先的に立ち上げたということであります。  ところが、電力システム改革後の今は、全国を見渡して自エリア内の発電機よりも安い発電余力が他エリアにあれば、他エリアの電気を自エリアに持ってこれるようになりました。これを全国で行うと全体最適になるということになります。  全体最適を達成するためには、地域間の連系線を新設、増設する必要があります。この十年余りの間に、北海道との連系や日本の東西を結ぶ連系、最近では南福光などの連系が強化され、全国最適が着実に進んでいるという状況です。  全体最適に加えて、電力システム改革のもう一つのテーマは、大手電力事業者の市場支配力を抑制するということでした。  自由化に際して、一部の国では発電設備を大手事業者から強制売却させる国もありましたが、日本では発電設備の所有権を大手電力から剥奪することを選びませんでした。代わりに、発電設備の利用に行為規制を課し、新規参入した事業者が安価で購入できるようにしました。  具体的には、発電余力の全量をスポット市場に供出させたり、供出の際には固定費を載せず、燃料費のみ応札価格に載せるよう事前規制に基づく監視を行ったりしました。やや不透明なのは、規制とはいっても法的拘束力はなく、事業者に自主的取組として行わせることがその実態ですが、事実上拘束力を持って事業者は受け止めたということのようです。  結果として、新規参入者である新電力は、事前に供給力を確保しなくとも、流動性の高いスポット市場で安価な電気を手に入れられました。結果として、新電力の登録が今では八百社超という数字にまで上っているということでございます。  さて、電力システム改革の成果である全体最適のシステムが前提としていたのは、発電設備と燃料が十分にあるということでした。たくさんある発電機から支障なく生み出される電気を前提に、それを効率的に配分するための制度設計に力が注がれてきたということであります。  ところが、冒頭で述べた三つの環境変化によって、我が国は供給力不足に陥ることになりました。脱炭素の流れが強まると、超臨界技術であっても、石炭火力はファイナンスが厳しくなり、非効率な発電所から休廃止せざるを得なくなります。将来の電力需要増は供給力不足を深刻化させることにもなりかねません。  システム改革後において、改革でつくり上げた経済効率性を基礎に、いかに発電投資を促すシステムをつくり上げるか、改革後の新たな取組が始まっていると言えます。  震災前、発電と小売の垂直一貫体制においては、安定供給を確保する主体は発電部門でした。発電部門は総括原価方式の下に小売部門が必要とする量を確保してきました。システム改革後の自由化の世界では、安定供給を確保する主体は小売部門になります。発電投資の予見性は、小売事業者が将来の調達量いかんに懸かっており、小売事業者の需要が見込めないような設備投資を行うことは困難だからです。しかし、自由化とはそもそも需要者が供給者を自由に選んでスイッチできる制度ですので、発電事業者は将来にわたっての事業見通しを立てにくい状況にあります。  そこで、新たな供給力確保の制度、具体的には容量市場と長期脱炭素電源オークションですが、そうした市場を創設しました。これらの市場では、原則、電源設置に係る費用を全国化し、販売量に比例して小売事業者に負担を求めるとしています。  ここで、安定供給に向けての課題が生じます。  容量市場などの制度は、小売事業者にとってみると、供給力を取りに行くという行為がないままに請求書が送られてくるという立て付けになっていますので、負担感が残る制度になっています。小売事業者が支払に少なくとも納得感を持ち得るのは、自ら供給力を取りに交渉するという行為が支払と一体化されたときだと思います。そのために、小売事業者に対して、自ら供給力を確保する責務があるという点を認識させる必要があります。こうした認識を持たせる場は、顔が見えない市場取引よりも顔が見える相対取引の方がふさわしいことになります。供給力確保の原則は相対取引にすべき理由がここにあります。  では、個々の事業者同士の相対取引に任せるだけでうまくいくのかというと、二つの課題があります。  一つは、交渉力格差の問題です。  発電事業者の数が小売事業者よりも圧倒的に少なく、発電事業者は交渉上優位性を持っています。加えて、小売事業者に調達責務を課すと、発電事業者は交渉において価格を引き上げたりすることも容易になります。本法案で提示されている中長期市場とは、こうした相対取引に対して価格のベンチマークを示す上での役割を果たすものと理解できます。  二つ目は、個々の相対取引を積み上げた結果が全国における最適な発電所立地と容量規模につながるわけではないという点です。  各発電事業者はそれぞれ得意な立地や最適規模を持っていますが、全国一律の市場ですので、地域性は原則、市場では考慮されません。望ましい姿は、決められた発電の総容量を国が各地域や場合によっては各社に割り振り、その中で相対取引がなされるという姿ではないかと思います。こうした仕組みは、戦後、電源開発調整会議という審議会で行われていたものと認識しています。私の理解では、現在でも大型水力や原子力で仕組みが残っているというふうに思いますが、安定供給という重要な政策課題に対して、民民の取引を実効たらしめるためにも、国による具体的な電源計画を議論、承認する場がいよいよ求められているのではないかと思います。  以下、本法案に関連して、個別的な論点を二点申し上げます。  第一は、送電線や電源の整備についてです。  脱炭素電源の導入や電力需要の増加に対応するためには、発電所や送配電網の整備を迅速に進める必要があります。他方で、民間金融機関の資金需要が積み上がる中で、更なる調達には時間が掛かります。そこで、当面の措置として、公的機関が資金を貸し付けることにより資金調達に要する時間を短縮し、必要なインフラ整備を前倒しするということに意義があると考えます。  他方で、ファイナンス面の課題が解決されたとしても、データセンターや電源線の整備が直ちに進むわけではありません。インフラ整備を加速するために送配電会社を取り巻く制度や運用を見直す必要があると考えます。  第一は、法的分離後の送配電会社を取り巻く競争環境の適正化です。電力システム改革では、公平な競争環境を確保するために、送配電会社と発電、小売会社との間の情報のやり取りには厳格な規律が設けられました。情報漏えい事案もあり、現在では行政監視の下に情報遮断が徹底されています。この規制は公正な競争を確保する上で極めて重要です。  一方、データセンターのような大規模需要家への対応は、発電、送配電、小売のそれぞれが保有する情報を活用しながら一体的なソリューションを提案することが求められています。例えば、電源線の建設には数年以上を要する場合がありますが、それまでの間に、既存系統の活用、需要の時間帯調整など、短期的な対応策を組み合わせることで需要家の希望する操業開始時期を早めることも可能です。競争の公正性を損なうことなく、こうした需要家ニーズにかなう対応が円滑に行えるよう、情報遮断の運用については目的に応じた合理的な制度設計を検討する余地があると考えます。  第二は、送配電会社の業務運営の見直しです。  現在、系統接続の審査や設備整備は、公平性の観点から、原則として申込み順に処理される仕組みとなっています。この考え方は透明性の確保という点では重要ですが、経済全体への効果が極めて大きい案件についても他の案件と同様の順番で処理されますので、社会的に望ましい投資判断が遅れる可能性があります。  例えば、データセンターや半導体工場のように地域経済にも大きな波及効果を持つ案件については、原因者に追加的な費用負担を求めることを前提に通常よりも迅速に審査や設備整備を行う、いわゆるファストトラックのような仕組みを検討する余地があると考えます。もっとも、現行制度では、送配電会社にはそのような優先的な対応を行う経済的なインセンティブはありません。申込み順での平等性が必ずしも公平性につながるわけではないという点を重々留意し、社会的便益の高い案件を迅速に実現できるよう、送配電会社に適切なインセンティブを与える制度設計を検討していただくことも重要と考えます。  これら二点が関係する監視等委員会についても、現状の機能の再定義が必要と考えます。  自由化の下で新たな事業者が参入し、業界全体が成長ステージを駆け上がるにつれて、電力市場のパフォーマンスも成長していきます。とりわけ、自由化後の電力事業において目指されるべきは事業規模の拡大を通じた効率化です。その点で、市場監視とは、公正取引委員会同様、事後規制が原則となります。  ところが、現状の監視委員会は、適正な競争環境として競争事業者のシェアがなるだけ減らないこと、つまり、競争を保護するのではなく、競争者を保護することに監視のリソースを費やしているように見えます。適正な競争環境は事業環境によって変化しますが、監視が硬直的に運用されますと、そもそも電力システム改革で狙いとしていた創意工夫の発揮の機会を逃すことにもなります。システム改革前は自主的規律や事前規制が主な手法でしたが、システム改革後は、イノベーションの発揮を重視し、事後的規制手法へと移行すべきと思われます。規制時代では不要だった市場を見る目を持つエコノミスト的人材もしっかり育てる努力をしていただきつつ、時代の要請に合った監視体制を目指していただきたいと考えます。  最後に、歴史を振り返って終わりとさせていただきます。  現在の電力システム改革後の姿は、第二次世界大戦前の電力産業の姿と少なからず共通点があると考えます。当時も発電部門と需要家への供給部門は必ずしも一体ではありませんでしたが、連携して需要家に電力供給を行っていました。しかし、戦時体制の下で電力管理法に基づく国家管理が進められ、日本発送電と九つの配電会社による体制となりました。戦後は、国家管理体制が見直され、松永安左衛門らの尽力により、地域別の発電、送配電、小売の一貫した民間経営から成る電力体制が築かれました。この体制は、地域独占と総括原価を基礎として、高度成長を支える安定供給に大きく貢献したことは歴史が示すとおりであります。  そして今、約七十年ぶりとなる電力システム改革を経て、私たちは再び新しい電力システムを模索する時代にあります。もはや、過去の地域独占、総括原価方式へ戻ることは現実的ではありません。一方で、新しい制度もまだ完成形ではありません。まさに今、新たな市場制度を築き上げていく過渡期にあると言えます。  その意味で、本法案は、ゴールではなく、新たな電力システムを構築していくための一つの重要なステップというふうに考えます。事業者の創意工夫を最大限引き出すことを政策理念とし、事業規模を拡大させることが安定供給や脱炭素化、海外展開への投資資源を捻出する、そして、国民負担の低減につなげるという方向性に向けて不断の改善を積み重ねていくことが今後ますます重要になると考えます。  以上で発言を終了させていただきます。御清聴ありがとうございました。

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