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検索結果 (14 件)
発言日降順○参考人(橋本基弘君) 今御指摘の点がまさしくこの法律案の最大の問題なんだろうと思うんですね。国旗にバツを付けたら、それではいかぬのでしょうか。丸だったらいいんでしょうか。丸だったらいいけどバツだったら駄目だと、これは誰が決めるのか、そこが全く不明確ですよね。ただ単にバツを付けるとか、あるいはその日の丸の中心部分をくりぬくことが処罰をされるんだったら、恐ろしくて日の丸なんというのは掲揚できないですよね。むしろ、だから、これ繰り返しになっていますが、そこに過剰に反応することこそが国旗に対する国民の感情といったものを、まあ何というんでしょうかね、過剰な反応をそこで引き起こすのではないかというふうなことが私は指摘できるように思うことだと思うんですね。 ですから、バツを付けられて非常に不快な思いをしたということが立法事実なのであれば、どんなものだって規制できるんだろうと思うんです。そこは、立法…
○参考人(橋本基弘君) 元々こういう不明確、不明瞭な法律でありますので、例えば実際に立件するというか、警察官とか検察官がこの法律を適用できるのかどうなのかというのは、私は疑問があります。 そもそも、適用すると、その先にある法令違憲判決というのはある程度予想できる段階ですから、これではなくて、器物損壊罪を適用するというふうなことで迂回路といったものを探す、そういった可能性はあるんだろうと思うんですね。でも、それも立派な憲法判断だと思うんです。 つまり、このままこれを適用して有罪にすることができない、そこでは恐らく裁判所は違憲判決を下すだろう。じゃ、どうするかというと、それを適用しない、別の条文でいく。そういう選択というのはあり得るんだろうなというふうに思います。極めて適用のしにくい条文の一つじゃないかなという感想は持っています。…
○参考人(橋本基弘君) 結局のところは、誰がどういうふうに感じるかというふうな問題ですよね。それはもう極めて内心的な感覚の問題ということになってくるわけです。 例えば、同じように、これについて立件しようと思う人というと、それがどういうふうに思えたのかということですから、例えばこれは、何というんですかね、面白いとか面白くないとかとまず同じレベルの問題ですね。それは、少なくとも誰かを犯罪者にするための要件にはならないんだということでしょうね、じゃないかと思います。 したがって、これは非常に主観的な要素、それまでの自分の人生観とか世界観とか、いろんな感覚というのがそこの背景にあるわけですから、そういうものによって犯罪構成要件が左右されるというふうなことは、少なくとも犯罪の基礎理論としてはあってはいけないことなんだという、そういう考え方でございます。…
○参考人(橋本基弘君) 元々立法事実がないので、議論しようがないんですよね。つまり、空気を相手にする話ですから、空気相手にしてどうやって戦うのか。元々ないものですから。 これ、具体的に何かあるんだったら、それを基にして何をどういうふうに対処していくかということが対策として出てくるんでしょうけど、全く空ですから、これは議論もしようもないというふうに言わざるを得ないと思います。…
○参考人(橋本基弘君) 教育と強制との区別という非常に難しい問題ではございますけれども、かつて最高裁判所は、旭川学力テスト判決の中で、国家が教育に介入していいかどうか、その一つの線引きとして、子供が一個の人格として成長することを妨げるかどうかという点を挙げました。今回、国旗損壊に関する法律というものができた。その保護法益が国旗を大切にする国民感情であると。それが独り歩きする危険性というのは考えておかなければいけないということだと思うんです。 それは、教育の現場で、かつて国旗・国歌法がそうであったように、それが一つの契機となって一種の強制というものが教育現場で行われるという危険性は考えておかなければいけないと常々思っておりました。それが結局、その教育の本来の目的である自己認識であるとか、自己省察であるとか、物事を批判的に捉えていくような能力の涵養とか、社会生活における自己のその、何といい…
○参考人(橋本基弘君) 先ほどの繰り返しになりますけれども、例えばドイツの場合、ドイツ国旗の損壊行為、これはまさにナチズムへの復活を招く表現というふうな意味を持つわけですね。したがって、ドイツにおける国旗損壊罪、これはまさに反ナチズムというような思想を体現しているわけです。せっかく独裁体制やファシズムを倒してつくり上げた共和国を保っていこう、そこの切実な法益というのがあるわけですね。そういう歴史、文脈、そういったものがあって初めて国旗損壊罪といったものが犯罪になっているわけですね。 これは、外国にあるからだということで日本にもという議論に欠けていることでありますけれども、でも、どの国でも国旗損壊罪の適用は非常に慎重なんですね。非常に抑制的だということです。それはつまり、まさしくそれは、国旗を損壊する行為というのは表現の行為だからという意識も一方であるということですから、そういうやっぱり…
○参考人(橋本基弘君) それも意味はほとんどないと思います。 施行される段階で何が罪なのかということがはっきりと定まっていなければいけなくて、積み上がる積み上がらないというのは論外です。 つまり、施行される、適用される段階で何が罪なのかということが国民に分かっている、つまりこれをしちゃいかぬのだということがちゃんと了解されているような法律じゃなければいけませんので、その要件を欠いているということなので、幾ら判例が積み上がっても、それは全く別問題だというふうに思います。 以上です。…
○参考人(橋本基弘君) 今ストーカー規制法のお話が出たわけでありますけれども、ストーカー規制法が対象としているものというのはかなり具体的な個人の感情でございます。それに比べて、本法律案が対象としているものは国民感情という、全く比較できないものです。 例えば、ストーカーの被害に遭っている者が不快に感じるということは、かなり具体的な法益の侵害があるというふうに言っていいと思うんですけれども、国民感情というと一体誰なんだろうかと。こういうふわっとしたもの、それがどういうふうに侵害されているのかというのは、実は誰も分からない、誰も実証することができないですよね。 だから、これ単純に比較することができない。というか、むしろ苦し紛れに持ってきたんだろうと思うんですけれども、これはそもそもこういう文脈で使えるようなことができるような文言ではないと思います。…
○参考人(橋本基弘君) 国旗を大切に思う国民感情というのは、これは一人一人の心の中の問題で、これは強制にはなじまないものだというふうに思っております。むしろ、分断というお話でありますけれども、逆に国旗を強制することが分断を生んでいる例もあります。ですから、これは一概には言えないことだというふうに思っております。 そういう効果、どういう効果があるのかということまできちっと測定して議論しなければいけないということと、国旗を大切に思う国民感情を醸成したいんだということですけれども、じゃ、私たちは国旗を大切に思っていないのかと、そんなことないわけですよね。元々その、何というんですか、保護法益の検出自体がおかしいというふうに言わざるを得ないですね。 以上です。…
○参考人(橋本基弘君) 繰り返しになりますけれども、法律を作るには法律を作る必要性とか合理性がどうしても必要だ。それぞれの国にはそれぞれの国の歴史とかいろんな文脈があるわけですね。その中で、国旗損壊罪を処罰対象とするのかどうかというのは決められてくるわけですから、外国にあるからということで日本にないのはおかしいという議論というのは、元々こういう議論にはふさわしくないということでございます。外国にあるから、じゃ、日本にもということであれば、じゃ、夫婦別姓どうしますかとか同性婚どうしますかという話にも当然なってくるわけですね。だから、外国にあるからこれ国旗損壊罪をここに導入するというのは、一種のチェリーピッキングなんですね。それは余り理由にはならないんだろうというふうに思います。 今、木下先生おっしゃったとおりなんですけれども、ただ、ドイツの国旗に対しては、ナチズムへの復活を警戒するという…
○参考人(橋本基弘君) かしこまりました。 本日は意見を申し述べる機会を与えていただきまして、大変ありがとうございます。光栄に、大変光栄に存じます。 早速、それでは本題に入りたいと思います。 国旗損壊等の処罰に関する法律案、ここでは本法律案と呼びたいと思います。これは、次の二つの点で非常に異常な法律案であります。第一に、本法律案は、国家や政府に対する批判、これを禁止するものであるという点。第二に、明確な立法事実、立法事実というのはるる出てまいりましたけれども、法律を作る際の必要性や合理性、これがないにもかかわらず、法律が制定されようとしている点であります。 本法律案は、日本国憲法の下で培われてきました曲がりなりにも自由な社会、これを戦後と呼んでもいいのかと思いますけれども、これを葬ろうとする点で、日本社会を大きく変質させようとすることを意味します。 以下、憲法三十一条と…
○参考人(橋本基弘君) 最高裁判所もそうなのでありますけれども、ただ単に表現が危険であるとか、あるいは危害を生ずるという、何となく不安な、あるいは、何というんですかね、そういう可能性があるということだけで表現は規制してはならぬのだというのは、もう共通の認識だろうと思います。 ですから、リスクマネジメントという、こういった観点も必要なのかもしれませんけれども、しかし、何となく分からない危惧感だけで表現が規制されるということになれば、そもそも民主主義社会というのは切り崩されていくというふうなリスクもあると私は考えます。…
○参考人(橋本基弘君) ガイドラインということでありますが、ガイドライン自身は規範でも何でもないですね。これは国民を拘束するものではなくて、あくまでも解釈の一例でしかないわけですね。 国家公務員法百二条の政治的行為、国家公務員の政治的行為を人事院規則に委ねるだけでもまだ憲法議論があるわけですから、それ以前の話でありますので、ガイドラインによって解釈の指針を示したところで本法律の不明確さが払拭されるわけではないという点が第一点。 で、二十日ということでありますけれども、そこまで切迫した立法事実があるのかなと。いや、これは見方によって違うのかもしれませんけれども。そもそも立法事実がないわけですので、二十日というのがどうこうという議論はなかなかできないですよね。余り意味がある議論だというふうには思わないという、済みません、そういうふうなお答えしかできません。…
○参考人(橋本基弘君) 先ほども申し上げましたけれども、そもそも国旗を焼く意図というのは政府に対する批判ですよね。それは、民主主義にとってみるともう根幹的な自由です。つまり、政府を批判したり政策を批判したりするというのが表現の自由の主目的ですよね。ですから、それを規制するという側面に比べると、分かりません、濫用があるとは思いませんけれども、おりに入れるというその必要性よりもはるかに、政府批判を取り締まるという危険性の方がはるかに大きくて、そちらの方をちゃんとおりに入れておかなければいけないんじゃないのかなと。 制約すべきというのは、まあそういう事実があるとは思いませんけれども、恣意的に法の適用がなされているということよりも、政府批判を取り締まるというふうなその国家の在り方をおりに入れておく必要の方がはるかに大きいのではないかというふうに思うんです。 要するに、我々が自由な国家に生き…
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